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無限圏概観:$\mathbb E_1$-環上の加群の有限性の概念

l.c.i. 性

Higher Algebra §7.2.4では、加群の2つのレベルの有限性---perfect性と、almost perfect性---が導入されています。

 

代数に関しては、有限表示、局所有限表示、概(almost)有限表示という3つの概念が導入されています。概有限表示は定義が若干複雑ですが、もっとも使い勝手が良いようです。

 

加群の有限性

定義 (Higher Algebra 7.2.4.1) $R $を$\mathbb E _1$-環とする。圏$LMod_R^{perf}$を、$R$を含みretractに関して閉じている、最小の$LMod_R$の安定部分圏とする。

$LMod_R^{perf}$に属する加群を、perfectな加群と言う。

Perfectな加群が$LMod_R$のコンパクト対象であることは、$R$がコンパクトであるという事実から従います。じつは、$LMod_R^{perf}$は、$LMod_R$のコンパクト対象のなす部分圏と一致することが判明します (Higher Algebra 7.2.4.2)。さらに、ある意味でdualizableであることとも同値です (7.2.4.4)。

 

コンパクト対象としての特徴づけから、perfectな加群の概念は、$R $がたまたま通常の環であった場合には、perfectな複体の概念と一致することがわかります。

 

 

代数の有限性

 

下の定義の文中で、$\mathrm{Free}\colon \mathrm{LMod}_R \to \mathrm{Alg}_R ^{(k)}$は忘却関手の左随伴を表すとします。

定義 (Higher Algebra 7.2.4.26). $1\le k \le \infty $とし、$R $をconnectiveな$\mathbb E_{k+1}$-環とする。$A$を$R$上のconnectiveな$\mathbb E_{k+1}$-代数とする。$A$の有限性の性質を以下のように定義する:

・$A$が有限生成かつ自由であるとは、ある有限生成自由左$R$-加群$M$があって、$\mathbb E_{k}$-代数として$A\simeq \mathrm{Free}(M)$であること。このような代数のなす充満部分圏を$\mathrm{Alg}_R^{(k),free}$と記す。

・$A$が有限表示であるとは、$\mathrm{Alg}_R^{(k)}$の中で$\mathrm{Alg}_R^{(k),free}$を含み有限余極限に関して閉じている圏に$A$が属していること。

・$A$が局所有限表示であるとは、$A$が$\mathrm{Alg}_R^{(k)}$のコンパクト対象であること。

・$A$が概有限表示であるとは、$A$が$\mathrm{Alg}_R^{(k)}$の概コンパクト対象であること。

 

この中で、概コンパクト対象という言葉はHigher Algebra 7.2.4.8で定義されており、書き下すと、すべての$n\ge 0$に対して$τ_{\le n}A$が$τ_{\le n}\mathrm{Alg}_R^{(k)}$の中のコンパクト対象である、ということになります。

 

 

 

定理 (Higher Algebra 7.4.3.18) $A $をconnectiveな$\mathbb E_\infty $-環、$B $をconnectiveな$\mathbb E_\infty $-代数とするとき、

(1) もしも$B $が$A $上で局所有限表示ならば、$L_{B|A}$は$B $-加群としてperfectである。

(2) もしも$B $が$A $上で概有限表示ならば、$L_{B|A}$は$B $-加群としてalmost perfectである。

また、それぞれ、$\pi _0 B$が$\pi _0 A$-代数として有限表示の場合には、逆も成り立つ。

 

 

一方、準同型の l.c.i. 性とは

$(R,\mathfrak m)\to (S,\mathfrak n)$をNoether局所環の局所準同型とします。有限表示などは特に仮定しません。これのCohen分解とは、Noether局所環の図式 \[ \begin{array}{ccc} R &\to & S \\ \downarrow && \downarrow \\ R' &\to &\widehat S \end{array} \] で$R'$は完備、$R\to R'$は平坦、ファイバー$R'/\mathfrak m R'$は正則で$R'\to \widehat S $は全射であるようなものを言います。

Cohen分解は常に存在することが知られています。$R\to S$が本質的に有限表示ならば、$R$上のアフィン空間を用いて簡単に示せます。写像の有限性が仮定されていない一般の場合には、完備局所環のCohen表示を使って示します。) 特に、図式の$R'$は平坦$\widehat R$-代数として取ることもできます。その場合、図式は \[ \begin{array}{ccl} R  &\to & S \\ \downarrow && \downarrow \\ \widehat R &\to &\widehat S \\ \downarrow  & \nearrow & \\ R' && \text{縦向きの写 像は平坦} \end{array} \]  の形にも書けます。こちらの方がイメージしやすいかもしれません。

 局所準同型$R\to S$がl.c.i.であるという性質は、このCohen分解を用いて定義されます。

定義 Noether局所環の局所射$R\to S$がl.c.i.であるとは、Cohen分解において、$R'\twoheadrightarrow\widehat S$の核が正則列で生成されることである。

 この定義がCohen分解に依らないことの証明は非自明です。下で、l.c.i.性の余接複体による特徴付け(Avramovの定理)を紹介しますが、この特徴づけのための議論の一部が必要になります。これが示されるまでは、l.c.i.性は当座はCohen分解に依った概念だと捉えていただいても構いません。

 

環準同型$R\to  S $の(係数付き)余接ホモロジー (cotangent [= André-Quillen] homology) を \[  D_n (S|R, -) \quad n\ge 0 \] で書きましょう。

$R\to S $がEGAの意味で正則(平坦かつファイバーが幾何的に正則)であることと、係数付き第1余接ホモロジーの消滅が同値であることが知られています:\[ R\to S \text{ 正則} \Longleftrightarrow D_n (S|R, - )=0  \text{ for }  n\ge 1.  \quad \text{(André, Quillen)} \] つまり$D_{\ge 1} (S|R, S)$が消滅し、かつ$D_0 (S|R, S) = \Omega ^1 _{S|R}$が平坦$S $-加群ということです。

また、$R\twoheadrightarrow S $が全射で核が正則列で生成されている場合は、Koszul複体の理論により、余接複体は余法束(正則列の仮定により、平坦$S $-加群です)が次数1に置かれたものになります。

このことと、余接複体の推移性から、

準同型$R\to S$がl.c.i.ならば、消滅 $D_n( S|R , -) =0 $ for $n\ge 2$ が成り立つ

ということがわかります。($S$と$\widehat S $の違いを埋めるステップは、下で説明しています。)ここで使った推移性とは、$R\to R'\to \widehat S $の状況で完全三角形$L_{R'|R}\otimes ^L _{R'}\widehat S \to L_{\widehat S|R}\to L_{\widehat S|R'}\to $があるという事実のことを言います。

 

l.c.i.性の余接複体による特徴づけ

これの逆がなりたつというのはわりと簡単だとAvramovは言っています:

定理 Noether局所環の局所準同型$R\to S $において、$S $-加群の圏上の関手の消滅 \[ D_2 (S|R , -) =0  \] が成り立つならば、$R\to S $は(あらかじめ固定したCohen分解について)l.c.i.である。

とくに、l.c.i.性がCohen分解に依らないことも結論されます。

定理の証明

補題 Noether局所環$(R,\mathfrak m)$とイデアル$\mathfrak a$に対して、次は同値である:

・ $\mathfrak a$は正則列で生成される。

・$D_{2}(R/\mathfrak a | R , R/\mathfrak m)=0$.

上から下へは、余接複体$L(R/\mathfrak a |R )$が$\mathfrak a / \mathfrak a ^2 [1] $に擬同型になる(しかも$\mathfrak a / \mathfrak a ^2$は平坦$R/\mathfrak a$-加群である)ことからわかります。 

逆を示すことは、余接複体$L(R/\mathfrak a|R)$にテンソル$\otimes ^L_{R/\mathfrak a} R/\mathfrak m $を施したあとの情報から、余接複体のTor-振幅の情報を引き出すことにあたります。

$\otimes ^L$に関するスペクトル系列を書くと、$E^2$項が$Tor _i ^{R/\mathfrak a}(D_j (R/\mathfrak a |R ), R/\mathfrak m) $になっておいます。($j=0$部分は0であることに注意します。)

収束先は$D_{i+j} (R/\mathfrak a |R , R/\mathfrak m) $になっています。仮定から、収束先の$i+j=2$の部分は消滅しています。このことから$E^2_{1,1}=0$つまり$Tor _1^{R/\mathfrak a} (D_1, R/\mathfrak m)=0$がただちに従います。平坦性の局所判定法により、$D_1=\mathfrak a /\mathfrak a ^2$が平坦$R/\mathfrak a$-加群であることが従います。正則列の理論により、この平坦性は、$\mathfrak a $が正則列で生成されることに同値です。(そうだっけ?)

局所環$(R,\mathfrak m)$が正則であることと、$\mathfrak m $が正則列で生成されることは同値なので、正則性と$D_2(R/\mathfrak m |R, R/\mathfrak m)=0$が同値であることもわかります。

補題 Cohen分解の図式において、写像 \[  D_n(S|R, S/\mathfrak n )\longrightarrow D_n(\widehat S | R' , \widehat S / \widehat{\mathfrak n} ) \] は$n\ge 2$に対して同型である。

方針のみ述べます。余接複体では、2つの環準同型$A\to B\to C$に対して、Zariski-Jacobiの推移性完全三角形というものが成り立ちます。これを用いて問題を帰着していきます。

余接複体の平坦底変換($S\to \widehat S$と係数$\ell := S/\mathfrak n $に適用します)により、写像$D_n(\widehat S|R,\widehat S/\widehat{\mathfrak n})\to D_n(\widehat S|R' ,\widehat S/\widehat{\mathfrak n})$が$n\ge 2$に対して同型であることの証明に帰着します。\[ \begin{array}{ccccc} S &\xrightarrow{\text{平坦}} &\widehat S &\twoheadrightarrow &\ell \\ \uparrow &&\uparrow && \uparrow = \\ R &\xrightarrow{\text{平坦}} & R' &\twoheadrightarrow & \ell \\ \downarrow &&\downarrow &&\downarrow = \\ k &\to &R'/\mathfrak m R' & \to & \ell   \end{array} \] 

 よって、$R'|R $の部分がある程度消えていればよく、平坦底変換により、$R'/\mathfrak mR' | k $の部分がある程度消えていれば良いです(正確には$n\ge 2$で消えていればよい)。が、$R'\mathfrak m R'$は正則であるとしているので、この消滅は易しいです。(たとえば、準同型の列$k\to R'/\mathfrak m R' \twoheadrightarrow \ell $に$\ell $係数の推移性完全列を適用し、$R' / \mathfrak m R' \to \ell $部分が前述の補題により消えることを使うと良いです。)

以上の事実を組み合わせると、上述の定理が得られています。

 

余接複体のTor次元有限性による特徴づけ 

Avramovはさらに強く、次の定理を証明しています。

定理 Noether局所環どうしの局所準同型$R\to S $において、もしも2条件

・$S $の$R$上の平坦次元が有限である。

・$S$-加群$L_{S|R}$の平坦次元が有限である。

が成り立てば、$R\to S $はl.c.i.である。(とくに、$L_{S|R}$の平坦次元はじつは$\le 1$である。)

これはQuillenの予想だったそうです。準同型写像が本質的に有限型である場合ですらAvramovの証明が初めての証明のようです。

この証明はDG代数と単体的代数が両方使われ、Cartan-Serreによる$K(\pi , n ) $のホモロジーの研究も登場するという大変興味深いものです。余裕があったら概略をまとめます。

 

定義 Noether局所環$A$がl.c.i.であるとは、$\widehat A$を正則局所環の商として書いたときに、核が正則列で生成されることである。

Cohen表示により、Noether局所環は必ず正則局所環の商として書けます。このl.c.i.性の概念が商としての書き方に依らないことも、余接複体の理論からわかります。(したがって、たとえば$A$のl.c.i.性は写像$\mathbb Z_{(p)} \to A$のl.c.i.性として定義することもできます。)

 

有限表示性と l.c.i. 性

有限表示性の余接複体による特徴づけにより、導来的でない単なる可換環の、有限表示な写像$A\to B$に対して、導来的な意味での有限表示性と、l.c.i.性はちょうど平坦次元の有限性の条件の部分だけ異なります。もしも$A$が正則ならば、平坦次元はいつでも有限になるので、両概念は一致することになります。

たとえば、$A=k$が基礎体で、$B$が$k$上有限生成な環(の局所化)ある場合は、$B$がl.c.i.環であることと、導来的な意味で$B$が$k$上有限表示であることが同値となります。