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解析的手法登場

$\mathcal H^p$を$p$次の調和形式 (harmonic forms) のなすベクトル空間とします。ローマン体 $H^p$ は今後ソボレフ空間を表すのに使いたいので、筆記体を用いて書きました。示したい定理は次でした。

Hodgeの定理

$X$ を向きづけられたRiemann多様体 (これはベクトル空間 $\mathcal H^p$ の定義に必要なデータでした) でコンパクトなものとする。このとき次の自然な写像全単射である:\[  \mathcal H^p \to H^p_{dR}(X,\mathbf R ) . \]

これを示すには、まず前段階としてラプラス作用素 $\Delta \colon \Omega ^p(X) \to \Omega ^p(X) $ に関する次の主張 (これも Hodge の定理とよく呼ばれるようです) を示すことになります。空間 $\Omega ^p(X)$ には Riemann 多様体内積などから、内積構造 $\Omega ^p(X)\times \Omega ^p(X) \to \mathbf R$ が定まっていたことを思い出しましょう。

定理

$\mathcal H^p$ は有限次元である。そして次の直交分解がある。\[ \Omega ^p(X ) = \Delta (\Omega ^p(X) ) \oplus \mathcal H^p .  \] 

 この定理の証明はとても解析的で、ソボレフ空間 $H^p$ と呼ばれる Hilbert 空間を使います。やや正確には、多様体 $V$ を決めるごとにソボレフ空間 $H^p(V)$ が決まります。$V$ としては $X$ の点の小さな近傍をとることもありますし、その小さな近傍を別の多様体 (具体的にはトーラス) の開集合とみなして、その別の多様体を $V$ とすることもあるようです。この箇所はあとで認識が改まったら書き直します。

$\mathcal H^p$ が有限次元であることを示す方法がそもそも解析的です ($\mathcal H^p$ の中の有界集合が全有界という感じの事実を示す)。それができたとすると、$\mathcal H^p$ は必然的に $\Omega ^p (X) $ の閉部分空間で、まずはトートロジカルな直交分解 \[ \Omega ^p(X) = (\mathcal H^p)^\perp \oplus \mathcal H^p \] ができます。作用素 $\Delta \colon \Omega ^p(X) \to \Omega ^p(X)$ が $(\mathcal H^p)^\perp $ の中に像を持つことは $\Delta $ の自己随伴性からフォーマルに従います:任意の $\omega \in \Omega ^p $ と $\alpha \in \mathcal H^p $ に対して \[ \langle \Delta \omega ,\alpha \rangle = \langle \omega ,\Delta \alpha \rangle  \text{ in $\mathbf R$} \quad\text{ (この関係式 ($\forall\alpha \in \Omega ^p(X)$) を自己随伴性という。)} \] ですが右辺が $0$ なので。問題は、$\mathcal H^p$ に直交する元 $\alpha \in \Omega ^p(X) $ が与えられたときに、$\Delta \omega = \alpha $ を満たす $\omega \in \Omega ^p(X)$ が存在することを示すところです。

この存在のためにソボレフ空間を使うようです。どうやら雰囲気的には次のような流れになっているようです。$\Omega ^p(X) $ を含むような適当な2つの Hilbert 空間 $H,H'$ をこしらえて、ラプラス作用素を拡張します:\[ \begin{array}{cccl} H &\xrightarrow{\Delta }& H' \\ \cup && \cup \\ \Omega ^p(X) &\xrightarrow{\Delta }& \Omega ^p(X) & \supset \mathcal H^p \end{array}  \] $H'$ の中での直交補空間 $(\mathcal H^p)^\perp $ の任意の元 $\alpha $ に対して、$\omega \in H$ で $\Delta \omega =\alpha $ を満たすものが存在することは、Hilbert 空間の一般論から比較的楽に示せるようです (Riesz の表現定理など)。問題の核心は、$\alpha $ が微分可能ならば $\omega $ も微分可能にとれると示すところです。微分可能性は局所的な性質なので、いったん小さな開集合に制限して、それをトーラスの開集合とみなすといったテクニックが使えるんだと思います。

 

 

というわけで、しばらくは次の二つの定理を目標にします。定理1で使う「弱解」の概念は、すぐあとで述べます。

解析的な定理1

$\alpha \in \Omega ^p(X)$ とし、$\omega $ を微分方程式 $\Delta \omega =\alpha $ の弱解とする。このとき $\omega $ は必然的に $\Omega ^p(X)$ の元である。

 

解析的な定理2

$\{ \alpha _n \} _n $ を $\Omega ^p(X) $ の中の有界な点列 (内積から定まる距離に関して) で、集合 $\{ \Delta \alpha _n \} $ もまた有界なものとする。このとき $\{ \alpha _n\} _n $ はCauchy 部分列を含む。(特に、$\mathcal H^p$ の中の任意の有界な無限点列は、Cauchy 部分列を含む。)

 

方程式 $\Delta \omega =\alpha $ の弱解とは次のものを指します。確立したい関係式 $\Delta \omega =\alpha $ をこねくり回す必要があります。この関係式のもと、 \[  \forall\beta \in \Omega ^p \quad \langle \Delta \omega , \beta \rangle = \langle \alpha ,\beta \rangle \] よって $\Delta $ の自己随伴性から(自己随伴とアプリオリに知らなくても、随伴作用素が存在すれば似た議論ができますが) \[ \langle \omega , \Delta \beta  \rangle  = \langle \alpha ,\beta \rangle  \] そこで、線形写像 $l\colon \Omega ^p (X) \to \mathbf R$ で関係式 \[ \forall\beta \in \Omega ^p(X) \quad  l (\Delta \beta ) = \langle \alpha ,\beta \rangle  \] を満たすようなものを方程式 $\Delta \omega = \alpha $ の弱解と呼びます。方程式を満たす $\omega \in \Omega ^p(X)$ が存在すれば、$l $ を「$\omega $ との内積を取る写像」と定義することで弱解が得られます。考え方は、正定値内積から定まる埋め込み \[ \Omega ^p(X) \hookrightarrow \mathrm{Hom} _{\mathbf R \text{-linear } } (\Omega ^p(X) ,\mathbf R  )  \] をもとに、まずは線形写像 $\Omega ^p(X) \to \mathbf R$ の範囲で方程式を解くというものです。その後ラッキーならばその解が $\Omega ^p(X)$ 由来のものとわかる、という流れです。

 

この2つの解析的定理の証明には、関数解析についてそれなりの準備が必要なので、記事を改めてじっくり進めることにします。

 

($\alpha \in (\mathcal H^p)^\perp $ のとき、値 $\langle \alpha , \beta \rangle $ が $\Delta \beta $ のみに依存するという観察も Hodge の定理の証明に必要なようだ。この括弧内はあとで編集して適当な箇所に入れよう。)