[tex: ]

レリッヒの補題

2つ前の記事で、向きづけられたRiemann多様体のHodge分解定理が、2つの解析的な定理に帰着されることを述べました、具体的にどう導出されるか細部は説明していませんが。

解析的な定理は、微分形式のなすベクトル空間$\Omega ^p(X)$をHilbert空間に埋め込んで、その中で方程式の弱解を先にさがす、という戦略を実行するために必要なのでした。

前の記事で、容れ物となるHilbert空間である、$(S^1)^n$に対するソボレフ空間$H_s$を導入しました。この記事では、$s<t$のときの包含$H_t\subset H_s$がコンパクト作用素であるというレリッヒの補題を説明します。

 

レリッヒの補題

$s<t$とする。包含写像$H_t\subset H_s$はコンパクト作用素である。 

コンパクト作用素の概念にはいくつかの特徴づけがありますが、以下の証明で実際に示す主張は、$\{ u^i\} _i$を$H_t$内の有界列とするとき、これが$H_s$の中ではコーシー部分列をもつというものです。

 証明

というわけで$\{ u^i\} _i$を$H_t$の有界列とします。各$\xi \in \mathbb Z^n$に対して、$\mathbb C^m $の列$\{  (1+|\xi |^2)^{t/2} \, u_\xi ^i \} _i $は有界なので収束部分列を持ちます。

$\mathbb Z^n$に$\mathbb N $と同型な順序を与えておいて、このような収束部分列をとる操作を順々に行います。そのあと対角線状に添字を拾っていって、部分列$\{ u^{j_l} \} _l$を作ったことにします。

これが$H_s$の中でコーシー列になっていることを示します。

そこで$\epsilon >0$を任意に取ります。2項間の距離$\Vert u^{j_i} - u^{j_k}  \Vert _{H_s} $が十分大きな番号i,kに対しては$<\epsilon $であることを言いたいです。$s= t+(s-t)$に注意して、大きな番号$N$を補助的に用いて計算すると: \[ \Vert u^{j_i} - u^{j_k}  \Vert _{H_s} ^2 = \sum _{|\xi |<N }(1+|\xi |^2 )^{s-t}(1+|\xi |^2 )^{t} |u^{j_i}_\xi -u^{j_k}_\xi |^2 + \sum _{|\xi |\ge N } (\text{同} )  \] これの両方を$\epsilon /2$で抑えましょう。補助パラメータ$N$を決めるためには第2項を見ます。第2項は \[ \le N^{2(s-t)} \sum _{|\xi |\ge N} (1+|\xi |^2 )^t |u^{j_i}_\xi -u^{j_k}_\xi | ^2  \] で、和の部分は$\{ u^i\} _i $の$H_t$-直径から決まるある値で上から抑えられるので、$\le N^{2(s-t)}\cdot \text{定数}$となります。$N$を十分大きくとれば、これは$< \epsilon /2$となります($s-t$は負の数なのでした)。

このように決めた$N$に関して第1項を見ます。第1項は、はじめの括弧$(1+|\xi |^2)^{s-t}$が$1$よりも小さいので、上から次で抑えられます: \[ < \sum _{|\xi |< N } (1+|\xi |^2 )^t |u^{j_i} _\xi - u^{j_k}_\xi | ^2  \] 各$\xi $に対して、$\{ u^{j_l}_\xi \} _l $は$\mathbb C^m $の中で収束するのでしたから、$i,k$を$|\xi |< N $なる全ての$\xi $に対して機能するくらい十分大きくとれば和は$\epsilon / 2$で抑えられます。

レリッヒの補題が証明できました。◼️ 

 

 

レリッヒの補題がどう使われるか、少しだけ予告しておきます。目標にしている2つの定理のうちの1つは次でした。

定理

$M $をコンパクトで向きづけられたリーマン多様体とする。

$\Omega ^p (M) $内の列$\{ \alpha _n \} _n$が、リーマン計量から入る$L^2$距離に関して有界かつ、$\{ \Delta \alpha _n \} _n \subset \Omega ^p (M)$も有界であるとする。このとき$\{ \alpha _n \} _n$はコーシー部分列を持つ。

 この定理の証明は、1の分割のテクニックにより、微分形式の台が小さな開集合に含まれている場合に帰着されます。小さな開集合$V$をトーラスの部分集合と見做すことにより、フーリエ級数の理論が適用できます。$\Omega ^p(M) $の$L^2$距離の制限は、ソボレフ$H_0$ノルムの制限と同値です。

この状況でレリッヒの補題が活きます。ソボレフ$H_0$ノルムに関してコーシー部分列の存在を言うためには、$H_1$ノルムに関して有界列であることを言えば十分です。

残念ながら、$\Delta \alpha _n$が有界という条件が、有界性の証明にどのように効くかはまだ説明できません。$\Delta $の$V$への制限が、トーラス上の楕円型作用素として伸びることを足掛かりに、楕円型作用素の理論を引用することになるからです。

 

楕円型作用素の理論は、目標である2つの定理のうちのもう片方にもバリバリ使うことになります。次の記事からしばらく楕円型作用素の話をしましょう。