[tex: ]

楕円型微分作用素 - 定義とはじめの性質

ソボレフ空間とレリッヒの補題をさらったことにより、目標とする2つの解析的定理のうちの1つが楕円型作用素の勉強に帰着されていたのでした。また、もう1つの定理の方は、証明にバリバリ楕円型作用素が必要らしいのでした。

この記事では、楕円型作用素という概念の定義を知ることを目標にします。

 

微分作用素

$\mathbb R^n $上の$\mathbb C^m $値可微分関数に作用する階数$\le l $の微分作用素$L $とは、次の形に書ける$\mathbb C $線形写像$ C^\infty (\mathbb R^n,\mathbb C^m)\to C^\infty (\mathbb R^n,\mathbb C^m ) $のことだそうです: \[ L = \sum _{| \alpha |\le l} a^\alpha D^\alpha  , \] ここで$a^\alpha $は各成分が$C^\infty $な$\mathbb C $成分$m\times m $行列です: $a^\alpha \in C^\infty (\mathbb R^n , M_m (\mathbb C ) ) $.

各係数$a^\alpha $が、$2\pi \mathbb Z ^n $-周期的ならば、$L $は$\mathcal P = C^\infty (T^n, \mathbb C^m ) $に作用できます。以下ではすべてこのようなものを考えます。

$L $の形式的随伴$L^* $とは、次の作用素$\mathcal P \to \mathcal P $のことです: \[ L^* := \sum _\alpha D^\alpha \overline{(a^\alpha )} ^t . \] これは$\mathcal P $上の$L^2 $エルミート内積に関して随伴になっています: \[ \begin{array}{ccccc} \mathcal P & \times & \mathcal P &\to  & \mathbb C \\  L \downarrow &&\uparrow L^* && \Vert   \\ \mathcal P & \times & \mathcal P &\to  & \mathbb C  \end{array}  \] 内積の式で書けば、$T^n$上の関数$\phi , \psi $に対して \[ \langle L\phi , \psi \rangle =\langle \phi , L^* \psi \rangle . \] 解析学の方では、Hilbert空間論の意味の随伴のみを「(the) 随伴」と呼びたいので、このような (a) 随伴は形式的随伴と呼ぶことになっているようです。随伴の証明は、部分積分を繰り返すことでできます。たとえば$L=a \frac \partial {\partial x^i }$ならば、まず$\mathbb C^m $の中の随伴を用いて、各点$x$で \[  ( a(x) \frac\partial{\partial x^i} \phi (x) , \psi (x)  )_{\mathbb C^m}   = ( \frac\partial{\partial x^i} \phi (x), \bar a(x) ^t \psi (x) )_{\mathbb C^m}  \] そして積分$\int _{T^n} dx $の計算において、変数$x^i$に関する部分を部分積分します(エルミート内積を成分表示すれば、高校以来知っている部分積分になっています)。\[ \int _{T^1} ( \frac\partial{\partial x^i} \phi , \bar a ^t \psi )_{\mathbb C^m} dx^i = \Bigl[ (  \phi , \bar a ^t \psi )_{\mathbb C^m}\Bigr] _{x^i=0}^{2\pi } - \int _{T^1} (\phi , \frac\partial{\partial x^i} \bar a^t \psi  ) _{\mathbb C^m}dx^i   \] そして$x^i=0$と$x^i=2\pi $は同じ点を表すので、第1項の値は$0$です。符号が逆になりましたが、これは多分$L^*$の定義式が間違えているからでしょう。

$D^\alpha $の定義で、虚数単位倍$i \frac\partial {\partial x^j}$を使っているので、それがうまくキャンセルするのかもしれません。複素共役による$-1$倍とマッチしそうですものね。

 

さて$\mathcal P = C^\infty (T^n, \mathbb C^m ) $は、フーリエ級数によって、いろいろなソボレフ空間$H_s $ ($( \subset \mathbb C^m )^{\mathbb Z^n } $) の部分空間とみなしていました。微分作用素$L\colon \mathcal P \to \mathcal P $の定義域を$H_s$に延長することはできるでしょうか。これに関して次が成り立ちます。

命題

階数$\le l$の微分作用素$L$は、すべての$s\in \mathbb Z$に対して、有界線型作用素$H_{s+l} \to H_{s}$に延長される:\[  \begin{array}{ccc} \mathcal P &\xrightarrow L & \mathcal P \\ \cap  && \cap \\ H_{s+l} & - \xrightarrow L & H_s . \end{array} \]

証明はきちんと書きませんが、2つ前の記事で$D^\alpha \phi $のフーリエ係数の減衰具合が、もとの減衰具合と$|\xi |^{|\alpha |}$を使って評価できる趣旨のことを仄めかしていました。これは、正確には、 $| \phi | _{ H_{s+|\alpha |} }$ を用いて $| D^\alpha \phi | _{H_s} $ を評価できるという形の式に書けます。\[ | \phi | _{ H_{s+|\alpha |} } \gg | D^\alpha \phi | _{H_s} \quad \text{(inequality up to a uniform constant). }\] このことと、$L$に現れる係数$a^\alpha $たちの最大値などを考慮すれば、$ |D^\alpha \phi |_{H_{s+|\alpha |}} \gg |L\phi |_{H_s}$を得るので、$|L\phi |_{H_s}$を、$|\phi |_{H_{s+l} } $の定数倍(定数はもちろん$L$に依る)を用いて評価できるという形の不等式 \[ | \phi | _{ H_{s+|\alpha |} } \gg |L\phi |_{H_s} \] を得ることができます。◼️

 

 

楕円型微分作用素

さて、いよいよ楕円型の定義に入りましょう。微分作用素$L$を、微分の階数に応じて斉次分解します: \[ L = P_l (D) + \dots + P_0(D) . \] 引数$D$が入っているところは、可換多項式環のノリで書いています(いま偏微分$\frac\partial{\partial x^i}$はフーリエ係数の$\xi _i$倍に他ならず、別々の座標に関しても可換です)。

$L$が楕円型であるという条件は、最高次$P_l (D)$部分だけに依る条件です。一般の多様体で定義できる概念であることをアピールするために、一瞬$L$が周期的だという仮定を外しましょう:

定義

$L$が点$x\in \mathbb R^m $で楕円型であるとは、各$\xi \in \mathbb R^n \setminus \{ 0 \} $に対して、次の$\mathbb C^m $成分$m\times m $行列 \[  P_l (\xi ) = \sum _{|\alpha | = l } a^\alpha (x) \xi ^\alpha  \] が非退化であることである。(非退化って、可逆行列ってことですかね?)

 無限個の行列の可逆性を要請する条件なので、初見の私などは目が回ってしまいますが、ともかくも読み進めてみます。

 

楕円型であるという条件は、各点での近傍における条件です。さらに、可微分な座標変換によって「$P_l$が可逆行列である」という条件は不変なので(具体的にどう変換されるんだっけ?)、微分作用素$C^\infty (M) \to C^\infty (M) $が楕円型であるという条件を、任意の多様体$M $に対して定義することができます。

 

じっさい、座標$x$と$y$での変換は、Einsteinの規約で楽しながら書くと$\frac{\partial }{\partial x^i} = \frac{\partial y^j}{\partial x^i} \frac{\partial }{\partial y^j} $ですから、高階の微分、たとえば$\frac{\partial ^l}{\partial x^1 \cdots \partial x^l}$の階数$l$部分は$( \frac{\partial y^{j_1}}{\partial x^1}\cdots \frac{\partial y^{j_l} }{\partial x^l } ) \cdot \frac{\partial ^l}{\partial y^{j_1} \cdots \partial y^{j_l} } $となります。座標$y$に関して$P_l(\xi )$に当たるものを$Q_l(\xi )= \sum _\beta b^\beta \xi ^\beta $と書くことにするとこれは \[ Q_l(\xi ) = \sum _\beta a^\alpha \frac{\partial y^\beta }{\partial x^\alpha } \xi ^\beta   \]

ウーム上に書いた定義はトーラスの場合だけに有効なもののようですね。任意の多様体に対して楕円性を定義するには、まず上に書いた定義を言い換える必要があります。

補題

階数$l$の微分作用素$L$が点$x\in T^n$で楕円型であることは次の条件と同値である:

$x$の近傍で定義された任意の$\mathbb C^m $値可微分関数$u$で$u(x)\neq 0$となるもの、および任意の$\mathbb R$値可微分関数$\phi $で$\phi (x) =0$かつ$( d\phi (x) ) \neq 0 $となるものに対して、\[  ( L(\phi ^l \cdot u ) ) (x) \neq 0. \] ここで$\phi ^l $は$\phi $の値を$l$乗した関数です。

 

じっさい、$L(\phi ^l u )$を計算しようとすると、微分に関するLeibniz則と$\phi (x)=0$の仮定により、$l$個の微分が$\phi ^l$の各因子に1回ずつヒットするような項のみが生き残ります: \[ ( L(\phi ^l u ) ) (x) = P_l ( d\phi _x  ) ( u(x) ) \] ここで$P_l (d\phi _x)$は、今の座標に関して$d\phi _x$を実数の組$\in \mathbb R^n $として表し、$P_l (\xi )$と同じように代入操作をして得られる$m\times m $の複素行列です。それを$\mathbb C^m $の元である$u(x)$に作用させています。なのでこれは零でない$\mathbb C^m $の元になります。◼️

これで、微分作用素楕円型であるという条件を、任意の多様体の点の周りで定義できました。

 

Elliptic estimate (or Fundamental inequality)

定理

$L$を$\mathcal P $上の$l $階の楕円型微分作用素とする。(そしてこれを冒頭の命題により$H_{s+l} \to H_s $に延長する。)

$s\in \mathbb Z $とする。このとき小さな定数$c>0 $が存在して、不等式 \[ c | u | _{H_{s+l} } \le | Lu | _{H_{s} } +  |u|_{H_s}\quad \forall u\in H_{s+l} \] が成り立つ。

 

逆向きの不等式も up to constant で成り立つことは既に知っているっぽいので、定理の左辺と右辺が同値なノルムを定義しているということが従います。

証明はここでは扱いません。$H_{s}$ノルムの有限性と、対応する級数の$C^s$性が up to 添字のシフトで対応していたのですから、$H_{s+l}$ノルムが$u$の$l$階微分の$H_s$ノルムと関係あるのは、あってもよい話かと思います。$|Lu|_{H_s}$で上から抑える向きの不等式が出るのは、$L$の持っている非退化性と、トーラスのコンパクト性から来ています。