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無限圏概観:射の可逆化

一定の射の族を可逆化して新しい圏を作るという操作をわれわれは昔からおこなって来ました。アーベル圏から作った複体の圏で擬同型を可逆化すると導来圏が得られますし、モデル圏で弱同値を可逆化すると、そのモデル圏のホモトピー圏を得ます。

 

この記事では、そのような操作が無限圏に精密化されるという趣旨のことを書きます。今述べたような古典的な場合でさえ、導来圏やホモトピー圏の無限圏への精密化をいったん経由します。

\[\begin{subarray}{ccc}
& & \Bigl( Ch(A)[qis^{-1}] \text{ 導来無限圏} \Bigr) \\
&\nearrow & \downarrow \\
\text{複体の圏 } Ch(A) & \to & D(A) \text{ 導来圏}
\end{subarray}\]

これが導来圏の場合のイメージ図で、次がモデル圏の場合です。

\[\begin{subarray}{ccc}
& & \Bigl( C [W^{-1}] \text{ 「対応する無限圏」} \Bigr) \\
&\nearrow & \downarrow \\
\text{モデル圏 } C & \to & Ho(C) \text{ ホモト}\text{ピー圏}
\end{subarray}\]

これらはもちろん一般の無限圏 $\mathcal{C}$ と射の集合 $W\subset Hom _{Set _{\Delta }}(\Delta ^1,\mathcal{C})$ に対して機能する概念の特殊な場合として達成されます:

\[\begin{array}{rcl}
\text{無限圏: }\mathcal{C} & \to & \mathcal C [W^{-1}]  \\
\downarrow & & \downarrow \\
\text{通常の圏: }Ho(\mathcal C ) & \to & Ho(\mathcal C )[W^{-1}] 
\end{array}\]

 

無限圏 $\mathcal{C}_1,\mathcal{C}_2$ に対して、その間の関手のなす空間 $Fun (\mathcal{C}_1,\mathcal{C}_2)$ は単に単体的集合の圏での射の空間として定義していたことを思い出しておきます。

定義 $\mathcal{C}$ を無限圏とし、$W$ をその射 (1-胞体) のある集合とする。このとき、無限圏 $\mathcal{D}$ が 「$\mathcal{C}$ において $W$ を可逆化して得られる無限圏である」とは、射 $f\colon \mathcal{C}\to \mathcal{D}$ が与えられていて次が成り立つことである:

 任意の無限圏 $\mathcal{E}$ に対して、$f$ が誘導する無限圏の射 \[
Fun (\mathcal{D},\mathcal{E}) \to Fun (\mathcal{C}, \mathcal{E})
\] は忠実充満 (= 射の空間に誘導される写像がすべて弱同値) であり、その本質的像は $W$ を擬同型に送るような関手全体に一致する。

  この定義は Lurie の Higher Algebra 1.3.4.1 です。

(このような $\mathcal{D}$ は、存在すれば可縮なチョイスを除いて一意です。つまり、てきとうに基数を制限した状態で無限圏のなす(小さな)無限圏 $Cat _{\infty }$ を考えたとき、$\mathcal{C}$ の下にある対象のなす無限圏 $( Cat _{\infty }) _{\mathcal{C} ~/~ }$ の充満部分圏であって 「$\mathcal{C}$ における $W$ の可逆化である無限圏」全体からなるものを考えることができますが、これが可縮です。。。多分)

この定義は、通常の圏で射の族を可逆化したい時と同様なので、大丈夫だと思います。

 上のような可逆化は、必ず存在するので、そのことを次の節で手短に説明します。通常の圏論でも、少なくとも圏が小さければこのような可逆化(局所化)はいつでも出来ました。

 ただ、局所化された圏での射の簡潔な表示がないと困ってしまうので、 Gabriel-Zisman の分数計算や、Quillen のモデル圏など、一定の条件下で局所化の別構成ができる、というのが重要なのでした。

 

一般的状況での局所化の存在---標識付き単体的集合

定義 標識付き (marked) 単体的集合とは、単体的集合 $X$ と、その1-胞体からなる或る集合 $\mathcal{E}$ の組のことである。ただし $\mathcal{E}$ は退化した1-胞体 (恒等射に相当) を全て含むものとする。

 標識付き単体的集合どうしのは、単体的集合の射であって標識された1-胞体を標識されたものに写すものを言う。

気持ちとしては、$X$ はたとえば無限圏で、可逆化したい射のデータとして $\mathcal{E}$ を覚えておくという感じです。いまから標識付き単体的集合全体の圏 $Set _{\Delta }^+ $ にモデル構造を入れます。モデル構造を入れるためには、無限圏でない一般の $X$ も定義に入れておかなければならないことが何となく了解されるでしょう。

 「モデル構造を入れます」といま書きましたが、モデル構造の入れ方を私がここに書いて、読者が読むくらいないら、はじめから Higher Topos Theory §3.1 (とくに 命題 3.1.3.7)を読んでいただけばいい話なので、ここでは帰結をいくつか述べるにとどめます。一番大切な事実は、$Set _{\Delta }^+$ における fibrant な対象 $(X,\mathcal{E})$ というのは、次の2条件に同値だということです:

・$X$ が無限圏である;

・$\mathcal{E}$ に属する射がすべて擬同型である。

(Higher Topos Theory 3.1.1.4 の $S$ が1点の場合。射が id-Cartesian なのと擬同型なのは同値です。1.2.4.3 と、2.4.1.5 の直前を参照。)

 単体的集合を関手的に標識する方法は少なくともふたつあります。恒等射のみを標識する方法(忘却の左随伴 ♭ )と、すべての射を標識する方法(忘却の右随伴 ♯ )です。\[
Set _{\Delta } \underset{\text{forget}}{\overset{\text{♭}}{\rightleftarrows }}
Set _{\Delta }^+\overset{\text{forget}}{\underset{\text{♯}}{\rightleftarrows }}
Set _{\Delta }
\] この図式は、左側の $Set _{\Delta }$ に Joyal モデル構造(fibrant な対象は無限圏)、中央に適当なモデル構造、右側の $Set _{\Delta }$ に通常の Kan-Quillen のモデル構造(fibrant な対象はKan複体)を与えると、Quillen 随伴の図式になります。

 無限圏 $\mathcal{C}$ が居るとき、それを右端の対象と思って fibrant replacement をとって左端の無限圏の世界に戻ってくるのは、Kan複体化をとるのと同じことです。Kan複体では任意の射が擬同型であったことを思い出しましょう。なので、Kan複体化はすべての射を可逆化する操作と見なせます。

 ここからの類推で、無限圏と射の集合からなる組 $(X,\mathcal{E})$ を中央の圏で考えて、中央の圏の中で fibrant replacement をとり、それを左端に送って無限圏と思うのは、ちょうど $\mathcal{E}$ を可逆化する操作にあたっていることが判明します。

 モデル圏における fibrant replacement は無限の操作をともなったメチャクチャな変更なので、一定の条件下で明示的な局所化の構成があると嬉しいです。

 

単体的モデル圏の場合

 Lurie の Higher Algebra 1.3.4.20 によると、次が成り立ちます。

定理 $A$ を単体的モデル圏とする。$A^o$ を fibrant かつ cofibrant な対象のなす充満部分圏とする。このとき、単体的圏としての $A^o$ の単体的脈体 $N(A^o)$ は、$A$ において弱同値を可逆化して得られる無限圏(のひとつ)である。

 

 アーベル圏の導来圏

Higher Algebra §1.3.1 で、dg圏の脈体の理論を展開しています。

 一般にアーベル圏 $A$ が与えられたとき、チェイン複体の圏 $Ch (A)$ をDold-Kan対応を経由して単体的圏とみなし、単体的脈体をとることが考えられますが、Dold-Kan対応は計算が若干ややこしかったりもします。dg圏 $C$ から直接無限圏を作る方法があれば便利そうなのは想像に難くありません。それがdg脈体 $N_{dg}(C)$ です。

 $N_{dg}(C)$ のn-胞体の集合は次のデータ $(\{ X_i \} _{0\le i\le n}, \{ f_I \} _{I\subset [n]} )$ 全体です:

・$X_i \in C$;

・$I= \{  i_- < i_m < \cdots < i_1 < i_+    \} $ と書くとき、$f_I\in Map _C (X_{i_-} , X_{i_+}) _m $ で、次の関係式が満たされているものとする:\[
d f_I = \sum _{j} (-1)^j \bigl( f_{I - {\{ i_j\} } } - f_{ \{ i_j ,\dots ,i_+ \} } \circ f_{\{ i_- , \dots , i_j \} } \bigr) .
\] $I$ が2元集合のときはたんなる射で、$I$ がより大きいときは高次のホモトピーの情報を記述しています。

 これが無限圏になり、$C$ を単体的圏と思い直してから単体的脈体をとる場合と比べて同値な無限圏を得ることの証明も Lurie 本で見つけられます。私は真面目に読んでません。(Higher Algebra 1.3.1.10, 1.3.1.17.)

 このdg脈体を用いて、アーベル圏の導来無限圏を定義しています。正確には、アーベル圏 $A$ が射影的対象を十分多く持つとき、(コホモロジー的に上に有界な)導来無限圏 $\mathcal{D}^-(A)$ を: \[ 
\mathcal{D}^- (A) := N_{dg} (Ch ^- (A_{proj})  )
\] と定義するそうです。(Higher Algebra 1.3.2.7.)導来圏という三角圏を無限圏として持ち上げた物ですので、もちろん、前の記事で説明した安定無限圏の一例になっています。

定理 $A$ が十分な射影的対象を持つアーベル圏のとき、$\mathcal{D}^- (A)$ は $Ch^- (A) $ において複体の擬同型を可逆化して得られる無限圏(のひとつ)である。

これは Higher Algebra の 1.3.4.4 です。

 

アーベル圏の導来無限圏はK理論を考える上でも大切ですから、将来このトピックには詳しく触れることもあると思います。

 

 

今日はこのあたりで。