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体上の 2 次形式篇:双曲的 2 次形式

「昨日の」記事では 2 次形式 / 対称双線型形式の具わった空間の概念を導入し、その同等性を説明しました。そのあと、2 次形式が非退化であるとはどういうことかを定義しました。なので、2次形式つきベクトル空間 (V,q) と対称双線型形式つきベクトル空間 (V,B) は区別せずに併用していきます。

 2 次形式 \( a_1x_1^2+\dots +a_nx_n^2\) が非退化であるとは、その係数 \( a_i \) がいずれも 0 でないことでした。(ここで、われわれはいつでも標数 \( \neq 2\) の体 F 係数で考えていることを思い出しましょう。)

 

f:id:motivichomotopy:20181220002545j:plain双曲的な 2 次形式の入った 2 次元空間では、「等高線」が双曲線になる。

双曲的空間

 この記事でとりあげて注意喚起したいのは、非退化であっても、「長さ」q(v) が 0 になってしまうベクトル \( v\in V \) が存在しうるということです。これの典型的な例は、2 次形式 \[ x_1^2-x_2^2 \] (= 行列でいうと \( \begin{pmatrix}1 & {} \\ {} & -1 \end{pmatrix} \)  ) における、ベクトル \( (1,1) \) です。面白いのは、「長さ 0 のベクトルは、本質的にはこのような形でしか現れない」とも解釈できる、次の事実です。

定義

2 次形式つきベクトル空間 \( (V,q)\) が双曲的であるとは、\( (F^2, x_1^2-x_2^2) \) の有限個の直和に同型であることである。

 

定理

\( (V,q)\) を非退化な 2 次形式をもつベクトル空間とする。 \( U\subset V\) を、関数 \( q\) が恒等的に値 0 をとるような線型部分空間とし、その次元を \( r\) とする。このとき、\( U\) を含む \(2r\) 次元の双曲的な \(V\) の部分空間が存在する。

(定理の仮定の中で、q が恒等的に 0 という条件は、双線型形式 B の \(U\otimes U\) への制限が 0 写像であるという条件と同値です。)

 r=1 の場合は、仮定は、長さが 0 の非零ベクトル u がひとつあるということです。q に対応する双線型形式 B は非退化という仮定なので、\( B(u,v)\neq 0 \) を満たすベクトル v があります。q の 2 次元空間 \( Fu+Fv \) への制限は \( ax_1x_2+bx_2^2 \) の形をしており、v の取り方から \( a\in k^* \) です。これは \( (ax_1+bx_2 )x_2 \) と積に分解できるので、\( ax_1+bx_2=y_1,\ x_2=y_2 \) となる座標変換をほどこします。すると 2 次形式は \( y_1y_2 \) の形になります。 これは有名な座標変換 \( y_1=z_1+z_2,\ y_2=z_1-z_2 \) によって \( z_1^2-z_2^2 \) になり、すなわち 2 次元の双曲的空間です。 

  一般の場合は、r に関する帰納法を用います。U から任意に非零ベクトル u をとり、直和分解 \( U= U'\oplus (F\cdot u) \) を任意にとります。B が非退化なので、真の包含 \( U'\subset U \) に対して直交補空間の真の包含 \( U^\perp \subset U'^\perp \) があります。その差に属するベクトル \( v\in U'^\perp \) を任意に取ります。このとき B(u,v) は 0 ではないので、r=1 の場合の議論により 2 次元部分空間


\( H=(F\cdot u) \oplus (F\cdot v) \) は双曲的です。u と v の選び方から、直交分解 \( V=H\oplus H^\perp \) したときに、\(U'\) は \( H^\perp \) に含まれています (つまり、\( U'\) の任意の元と \(u,v\) とのペアリングが全て 0 ということですが、\( u\) の方は \( U\) 上で B=0 なので当然で、\(v\) は \( U'^\perp \) から取ってきたのでした)。そこで帰納法の仮定を包含 \( U'\subset H^\perp \) に用いれば証明が完了します。◼️

 

 

それから、次の「吸収性質」とでもいうべき性質を紹介しておきます。これは 2 次形式を分類する「Witt 環」の理論の初めのステップとなります。\( \mathbf{H}:=(F^2, x^2-y^2)\) を、標準的な 2 次元の双曲的空間を表す記号とします。

命題

\( (V,q)\) が非退化な 2 次形式つき空間のとき、同型 \[
V\otimes \mathbf{H}\cong \dim (V)\cdot \mathbf{H}
\] がある。

 \( V=\langle a \rangle \) の形のときを考えれば十分です。\[
\langle a\rangle \otimes \mathbf{H}\cong \langle a,-a \rangle
\] ですが、2 次形式 \( ax^2-ay^2=a(x-y)(x+y) \) は座標変換 \( z=x-y,\ w=x+y \) により \[ a\cdot zw \] と変形できるので、\(az \) を改めて新しい座標と思うと \[ zw, \] 先ほどと逆の座標変換を施すと \[ x^2-y^2 \] になり、標準的な双曲平面と同型になります。以上の計算は \( \mathbf{H} \) ならではのものです。◼️