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特性類講義より:多元環と射影空間の接束

Stiefel の定理として述べられている主張

 

定理 4.7 (Stiefel) 双線型で零因子を持たない写像 \[
\mathbf{R}^n\times\mathbf{R}^n\to\mathbf{R}^n
\] が存在するような \( n\) に対して、\( \mathbf{P}^{n-1}\) (実射影空間)  は平行化可能である(=接束が自明ベクトル束である)。

\( \mathbf{P}^{n-1}\) が平行化可能であるような \(n\) が 2 の冪以外にないことは比較的みやすく、当記事でも説明します。じつは \( n=1,2,4,8\) に限ることが知られており、これは別の記事で説明します。

 \( n=1,2,4,8\) のときの双線型写像はそれぞれ \( \mathbf{R},\mathbf{C},\mathbf{H} \) そして八元数の積構造で実現されます。 

証明 \( b_1,\dots ,b_n\in \mathbf{R}^n \) を標準的基底とします。右から(左でもよいですが)\(b_i\) を掛ける写像 \( p_i\) は、零因子が存在しないという仮定により、単射で、したがって全単射です。\[  p_i\colon \quad \mathbf{R}^n\xrightarrow[(-)\cdot b_i ]{\sim }\mathbf{R}^n. \] 写像 \( v_i\colon \mathbf{R}^n\xrightarrow{\sim }\mathbf{R}^n \) を、\( v_i:= (p_i)^{-1}\circ p_1\) で定めます。任意の \(  x\neq 0\) に対して、\( v_1(x)=x\) かつ、\( v_1(x),\dots ,v_n(x)\in \mathbf{R}^n \) は一次独立です。(これは、左から \(x\) を掛ける写像全単射であるということの言い換えです。)つまり、\( v_2(x),\dots ,v_n(x)  \) の代表類が \( \mathbf{R}^n/\mathbf{R}\cdot x \) の基底をなします。このベクトル空間は \( x \) が代表する \( \mathbf{P}^{n-1} \) の点 \( [x]\) の接空間と同型です:\[
 \mathbf{R}^n/\mathbf{R}\cdot x  \xrightarrow{\sim }T_{[x]} \mathbf{P}^{n-1} . \tag{★}\] こうして \( v_2,\dots ,v_n \) というデータの組が \( \mathbf{P}^{n-1}\) の大域基底を与えます。 ◼️

 同型 (★) は商写像 \(\mathbf{R}^n\setminus \{ o\} \to \mathbf{P}^{n-1}\) から誘導される写像なので、同じ点 \( [x]\) の異なる代表元 \( x_1,x_2\) (\( x_2=a x_1\) としましょう) を取ったときに合成写像 \( \mathbf{R}^n/\mathbf{R}\cdot x_1  \xrightarrow{\sim }T_{[x]} \mathbf{P}^{n-1} \xleftarrow{\sim }\mathbf{R}^n/\mathbf{R}\cdot x_2 \) は恒等写像ではなく \( a\) 倍写像です。なので、\( v_2(x),\dots ,v_n(x)\) が \( T_{[x]}\mathbf{P}^{n-1} \) の接ベクトルを定めると私が述べたときは、正確には \( v_i(x) \) が \(x\) のスカラー倍をそのままスカラー倍として反映するという事実を使っています。

 

実射影空間の平行可能性

ここでは、

実射影空間 \( \mathbb{R}\mathbf{P}^{n-1} \) が平行化可能ならば、\( n\) は 2 の冪である。

という事実を説明します。Stiefel-Whitney 類を用いた有名な議論です。

 

上の議論でもびみょうに使っているのですが、射影空間 \(\mathbf{P}^{n-1}:= \mathbb{R}\mathbf{P}^{n-1}\) 上には Euler の完全系列と呼ばれる、次のようなベクトル束の基本的な完全系列があります: \[
0 \to \mathcal{O}(-1) \to \mathcal{O}^n \to T\mathbf{P}^{n-1}\otimes \mathcal{O}(-1) \to 0
\tag{Euler 完全系列}
\] ここで \( \mathcal{O}(-1) \) は、\( x\in \mathbf{R}^n\setminus \{ o\} \) で代表される点のファイバーが \( \mathbf{R}\cdot x \subset \mathbf{R}^n \) であるような直線束です。中央の項は階数 \(n\) の自明束です。写像 \( \mathcal{O}(-1)\to \mathcal{O}^n \) は、各点においてこの包含写像 \(\mathbf{R}\cdot x \subset \mathbf{R}^n \) によって定まるものです。商が \( T\mathbf{P}^{n-1}\otimes \mathcal{O}(-1)\) になるという事実は、前節で小文字で書いた注意書きに相当します。

Euler 完全系列はとても大切なので、いまは直観的に呑み込めない人も、とりあえず暗記するとよいでしょう。

この系列を \( \otimes \mathcal{O}(1)\) したものに \( w_{tot}\) の乗法性を適用すると、\[ \begin{array}{rl}
w_{tot} (\mathcal{O}(1) )^n &= w_{tot} (\mathcal{O} ) \cdot w_{tot} (T\mathbf{P}^{n-1}) \\
&=w_{tot} (T\mathbf{P}^{n-1})
\end{array}\] となります。\( \mathbf{P}^{n-1}\) の接ベクトル束が自明 (=\( \mathbf{P}^{n-1}\) が平行化可能) ならば右辺は 1 になります。一方、左辺は明示的に計算できます。なので、われわれの主張は「\(n\) が 2 の冪でないときに左辺が 1 でない」、というのと同値です。

まずはためしに \( n=2^k\) のときに左辺が 1 になることを見てみましょう。もちろんこれは、われわれの主張のためには論理的には必要ではありませんが。\( w_{tot}(\mathcal{O}(1) )= 1+h \) で \(h\in H^{1}(\mathbf{P}^{n-1},\mathbf{Z}/2)\cong \mathbf{Z}/2 \) は直線束 \( \mathcal{O}(1)\) の類であり非自明なほうの元です。これを \( n=2^k\) 乗しますが、\( \mathbf{Z}/2\) 係数のコホモロジー環では \( 2\) 乗写像は加法的なので \[ (1+h)^{n} = 1+ h^{n} \] となります。さて \( h^{n}\in H^{n}(\mathbf{P}^{n-1},\mathbf{Z}/2) \) ですが、多様体においては次元よりも上のコホモロジー群は (cell 分割からも明らかなように) 0 なので、これは必然的に 0 です。よって \( n=2^k\) の場合には \( w_{tot}(T\mathbf{P}^{n-1}) = 1 \) がわかりました。

\( n\) が 2 の冪でないときは、2 の冪をくくり出して \( n=2^k m\) (\(m\) は 1 よりも大きい奇数) と書きます。すると次のような計算ができます。 \[  (1+h)^{2^k m}=(1+h^{2^k})^m= 1+ m h^{2^k }+ \cdots  \] 二つ目の変形は、二項定理の初めの項を書いたものです。\( m\) は奇数なので \( m\equiv 1 \pmod 2 \) です。環としての同型 \[ H^*(\mathbf{P}^{N} , \mathbf{Z}/2) \cong \mathbf{Z}/2 [h] / (h^{N+1}) \] を思い出すと、\( h^{2^k}\in H^{2^k} (\mathbf{P}^{2^k m -1},\mathbf{Z}/2 ) \) は 0 でない元です。よって \( w_{tot} (T\mathbf{P}^{n-1}) \) は 1 ではなく、\( T\mathbf{P}^{n-1} \) が自明束でないことがわかりました。