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Steenrod 篇:§10. Adem 関係式---古典論のおさらい


論文§10では、古典論で知られている Adem 関係式といわれるものの類似が成り立つことが説明されています。-1 の平方根が必ずしも基礎体に属さないために、古典論よりも若干煩雑な式が登場します。

 この記事では、まず古典論のおさらいをしましょう。

        \( \mathcal{A}^*\) の定義

        Cartan-Serre基底

        線型独立性の証明

古典的 Adams 代数のおさらい

この記事では、通常の(点付き)位相空間の圏で考えることにします。係数は一般の素数でも理論がありますが、Milnor予想に興味のある我々は、とりあえず \( \mathbf{Z}/2 \) を考えることにします。

 (素数を変えると、環構造に出てくる係数が変わるだけでなく、生成元の次数も変わったりするので、本当に煩雑。次数が変わる理由は、一般に \( \mathbf{Z}/l \) 係数では「\( l\) 乗写像」が加法的であり、この「\( l\) 乗写像」が理論の骨格であるという事実に基づく。)

 

\( \mathcal{A}^*\) の定義

 コホモロジー作用素とは、ひろく、アーベル群値関手の自然変換 \[ \bigoplus _{p\ge 0}\tilde{H}^{p}(-)\to \prod _{p\ge 0}\tilde{H}^{p}(-) \] を指すことにします。これは、各整数 \( p,q\ge 0 \) に対して加法的自然変換 \[ \tilde{H}^p(-)\to \tilde{H}^{q}(-)\] を指定するのと同じです。コホモロジー作用素全体の集合は \( \mathbf{Z}/2\)-ベクトル空間をなします。

 次数 \( d\ge 0\) の安定コホモロジー作用素 \( \phi \colon \tilde{H}^*(-)\to \tilde{H}^{*+d}(-)\) とは、自然変換の族 \[ \phi _p \colon \tilde{H}^{p}(-)\to \tilde{H}^{p+d}(-), \quad p\ge 0 \] であって、懸垂同型と可換: \[ \begin{array}{ccc}\tilde{H}^{p+1}(-{}_{\Lambda }S^1) &\xrightarrow{\phi _{p+1}}& \tilde{H}^{p+1+d}(-{}_{\Lambda }S^1) \\ ||&&|| \\  \tilde{H}^{p}(-)  &\xrightarrow[\phi _p]{}&\tilde{H}^{p+d}(-)\end{array} \] なものから定まるコホモロジー作用素を指すこととします。ご覧の通り \( \phi _p \) は \( \phi _{p+1} \) から決まってしまうので、これは十分大きなすべての番号 p に対して(あるいは、増大する p のある列に対して) \( \phi _p \) を定めるのと同じことです。

 与えられたコホモロジー作用素斉次であるとは、有限個の安定コホモロジー作用素の和として書ける(次数はバラバラでも良い)ことであるとします。明らかなことですが、斉次コホモロジー作用素の空間は、すべての次数 \( d\ge 0\) の安定コホモロジー作用素の空間の直和になっています。これを \( \mathcal{A}^* \) と書きます(星 * は次数付ベクトル空間であることを表します。Voevodsky の論文に従い、上につけています。のちに出てくる双対 Steenrod 代数では星を下につけます)

 自然変換の合成により、このベクトル空間にはassociative(結合的)で非可換な次数付き環の構造が入ります。これを Steenrod 代数といいます。

 

Cartan-Serre基底

 さて、この定義だけでは、\( \mathcal{A}^* \) がどのくらいバカ大きいのか(それとも小さいのか?)は分からないと思いますが、 1950年代の巨人たちによって、キッチリ調べられています。

 まずは、\( \mathcal{A}^*\) には非自明な元がそれなりにあることを見ましょう。これまでと同様の構成により、次数 i の安定作用素である Steenrod squares \[ Sq^i\colon \tilde{H}^{*}(-)\to \tilde{H}^{*+i}(-) , \quad i\ge 0 \] が定義されます。(論文で行なっているモチビックな構成は、古典論をなぞっている。)\( \tilde{H}^p(-) \) から出ている非自明な \( Sq ^i \) は、\( Sq^0=id\), \(Sq^1=\beta \), ... , そして \(Sq ^p= \) (\( 2 \) 乗写像) です。

 任意の次数 p に対して、2乗して0にならないp次のコホモロジー類を持っている空間は存在するので(たとえば実射影空間 \( \mathbf{RP}^{2p}\) のコホモロジー環は \( \mathbf{Z}/2 \ [h]/(h^{2p+1})\) なので、\( h^p \) が該当する)、\( Sq ^p \) は \( \mathcal{A}^p\) の非自明な元です。

定理.(Cartan-Serre基底) 次の形の単項式: \[ Sq^{i_k} ... Sq^{i_1},\quad  i_k\ge 2i_{k -1},\  ... ,\  i_2\ge 2 i_1 ,\ i_1\ge 1 \] と 1 が \( \mathcal{A}^*\) の \( \mathbf{Z}/2 \)-基底をなす。

 この形の単項式を admissible な単項式と言い、添字 \( (i_k,\dots ,i_1) \) は admissible な添字といいます。右から順に読んでいった場合に、値が十分速く増えているものが admissible というわけです。

 

 Steenrod square どもで \( \mathcal{A}^*\) が生成できているというのは、Serre の定理 (``Cohomologie mod 2 des... '') として知られています (\( \mathbf{Z}/l \) 係数なら Cartan ``Sur les groupes d'Eilenberg-MacLane II''.)

 その上で、所記の単項式だけで \( \mathcal{A}^* \) を張っていることを保証するのが Adem 関係式(1952)です。Ádem 氏はメキシコ出身の数学者で、 Steenrod 氏の指導で博士号を取得したようです。 

Adem関係式: \( a<2b \) を満たす正の整数に対して、次が成り立つ。(\( [-] \) は、整数部分を返す「床関数」。) \[ Sq^aSq^b=\sum _{j=0}^{[a/2]} \begin{pmatrix} b-j-1 \\ a-2j \end{pmatrix} _{mod2} Sq ^{a+b-j}Sq ^{j}. \]

 

二項係数はややこしいですが、いずれにせよ0か1のどちらかです。j がこの範囲にあるとき、\( a+b-j \ge 2j \) に注意してください。(たとえば、 \( a+b-j \ge \frac a 2 +b > \frac a 2 +\frac a 2 \ge a. \) )したがって右辺は Cartan-Serre 基底の線型和となっています。Adem 関係式の導出はモチビックな場合を別の記事で解説することで代えたいと思います。

 つぎに、admissible 単項式どもが線型独立であることはどのように示せばよいでしょうか。Admissible 単項式どもの非自明な線型結合(線型結合と言っても、係数は0か1のみ。多重添字の記号を使いましょう) \[ \sum _{\underline{i} \text{ 有限個}} Sq^{\underline{i}} \tag{*} \] を任意に取り、これが零作用素でないことを示したいです。上でひとつひとつの \( Sq^p \) が自明でないことを見たときのように、これが零でないことを示すには、ある空間のあるコホモロジー類 \( u\in \tilde{H}^p(X) \) に作用させてみて、0 でない元が出力されることを確かめればよいです。これは実際には \( X=(\mathbf{RP}^\infty ) ^n \) で見つけることができます。この記事は、その計算で締めくくりたいと思います。

 

線型独立性の証明

\( \mathcal{A}^* \) はコホモロジー作用素としての次数により次数付き環になっているので、admissible な添字の有限集合 S から定まる和: \[ \phi = \sum _{\begin{subarray}{c}\underline{i}\in S \\ \text{admissible}  \end{subarray}} Sq^{\underline{i}} \] のうち、次数 \( i_k+\dots +i_1 \) の揃っているものを考えれば十分です。次数を n としましょう。φ が非自明な表示を持っているにも関わらず作用素としては 0 であると仮定して、矛盾を導きたいです。この目的のため、φ を \( H^n((\mathbf{RP}^\infty )^n ) \) のある元に作用させることを考えます。

 射影空間 \( \mathbf{RP}^\infty \) のコホモロジー環は多項式環: \[ \bigoplus _{*\ge 0} H^*(\mathbf{RP}^\infty )=\mathbf{Z}/2 [ x ]  \] でした。ので、Künneth の公式を使うと \( H^n((\mathbf{PR}^\infty )^n ) \) は変数 \( x_1,\dots ,x_n \) に関する斉次 n 次多項式の空間です(係数は \( \mathbf{Z}/2\) )。その元として、単項式 \[ x_1x_2\cdots x_n  \in \mathbf{Z}/2 [x_1,\dots ,x_n ]_n \quad (n \text{ 次部分}) \] をとり、φ を作用させましょう。\( \phi (x_1x_2\cdots x_n)\) は斉次 2n 次多項式となります。帰納法を回す都合上、ここで次の主張を定式化しておきます。 

主張(n): φ が n 次で非自明な表示を持つとき、多項式 \[ \phi (x_1x_2\cdots x_n)\in H^{2n}((\mathbf{RP}^\infty )^n)= \mathbf{Z}/2 [ x_1,\dots ,x_n ] _{2n} \] は零ではない。 

n=0,1 ならそれぞれ \( \phi = Sq^0 =id \) , \( \phi =Sq^1 \) に限られ、\( id (1)=1 \)、\( Sq^1(x_1)=x_1^2\) と作用素が計算できるので主張は成り立っています。
n=2 もついでに考えてみると、次数2の admissible 添字は\( \underline{i}=(2)\) のみで、\( Sq^2(x_1x_2)\) は Cartan 公式により \( =Sq^2(x_1)Sq^0(x_2)+Sq^1(x_2)Sq^1(x_2)+Sq^0(x_1)Sq^2(x_2) \) 、両端の項は次数の関係で0なので中央の項のみ残り、= \(x_1^2x_2^2\) となり、たしかに大丈夫です。
n=3だと admissible 添字が2とおり (3), (2,1) となり考え甲斐が出てきますが、再び Cartan 公式と\( Sq^*\) の0でない範囲の知識を使って \[ \begin{array}{ccl} Sq^3(x_1x_2x_3)&=&x_1^2x_2^2x_3^2  ,\\ 
Sq^2Sq^1(x_1x_2x_3)&=&\displaystyle x_1^2x_2^2x_3^2 + \sum _{\text{cyclic}} x_1^4x_2x_3  \end{array} \] となって、主張が正しいことが見て取れます。n=4だと admissible 添字が2とおりあります。計算してみるとコツがわかってくることでしょう。

 

 

 主張の証明に入ります。多重添字 \( \underline{i}=(i_k,\dots ,i_1) \) に現れる文字の数 k を長さと呼びましょう。\( \underline{i} \) の次数について \[ n= i_k+i_{k -1}+\cdots + i_1 \ge 2^{k -1}+\cdots +2+1=2^k -1 \] なので、長さ k にはおのずと上界があります。φ に現れる \( \underline{i} \) の長さのうち、最大のものを m \( (\ge 1) \) とします。

 Cartan 公式を積 \( x_1\cdot (x_2\cdots x_n)\) に繰り返し適用することにより、\[ Sq^{\underline{i}}(x_1x_2\cdots x_n)= \sum _{\begin{subarray}{c}\underline{j}=(j_m,\cdots ,j_1) \\ \text{(admissible とは限らない)} \\ \forall \mu \quad  j_\mu \le i_\mu  \end{subarray}} Sq^{\underline{j}}(x_1)\cdot Sq^{\underline{i}-\underline{j}}(x_2\cdots x_n)  \] が成り立ちます。先頭の因子 \( Sq^{\underline{j}}(x_1) \) は \( x_1 \) の単項式です。その次数は、\( \underline{j} \) の長さが m 以下の範囲では、最大で \( 2^m \) になりえます。一般に、\( x_1^d\) は \( Sq^d \) により2乗されるので、\( \underline{j}\) が \( \underline{j}^{(m)}:= (2^{m -1},\dots ,2,1) \) のときに \[ Sq^{\underline{j}^{(m)}} (x_1)=x_1^{2^m} \] であり、\( x_1^d \) に \( Sq^d \) よりも高次の \( Sq ^*\) を作用させると 0 になってしまうので、それよりも高次にはなりません。

  こうして、\( \phi (x_1\cdots x_n ) \) の \( x_1^{2^m} \) の係数 \( \in \mathbf{Z}/2 [ x_2,\dots ,x_n] \) は
\[  \sum _{\begin{subarray}{c} \underline{i}\in S \\ \text{長さ} m  \end{subarray}} Sq^{\underline{i}-\underline{j}^{(m)}} (x_2\cdots x_n) \tag{**} \] となります。ここで、\( \underline{i} \) が長さ m で admissible のとき、簡単な不等式
\[ i_{\mu +1}-2^\mu \ge 2 i_\mu -2\cdot 2^{\mu -1}=2 (i_\mu - 2^{\mu -1}) \] により \( \underline{i}-\underline{j}^{(m)} \) も(ほぼ)admissible です。ただし、引き算により初めのいくつかの成分が 0 になってしまうことがあります。その場合、成分 0 に対応する作用素 \( Sq^0=id \) を合成することには意味がありませんので、0 を省いた新しい添字として解釈することにします。そうすると本当の意味で admissible になっています。

 そういうわけで、添字の集合 \( \underline{i}-\underline{j}^{(m)} \) (\( \underline{i}\) は S に属し、長さ m ) は次数が \[ n-(2^m -1) \quad (<n) \] な添字の、空でない集合となっています。したがって、主張(<n) が成り立っているという帰納法の仮定により、多項式 (**) は零ではありません。多項式 (**) は \( \phi (x_1x_2\cdots x_n) \) の或る部分を取り出したものだったので、もとの多項式も零ではありません。これで主張(n) が示せました。 

 

次の記事では Adem 関係式の導出を見ていきます。

 

以下は今の証明に関する技術的なコメントです。

 

 ●この証明から、像の空間は \( \mathbf{Z}/2[x_1,\dots ,x_n]_{2n} \) 全体をとらなくても、すべての \( x_i\) の指数が 2 の冪である単項式の和からなる空間への射影を施した後でも一次独立性が言えていることがわかります。

 

 ●係数が \( \mathbf{Z}/l \) で \( l\) が奇素数の場合は、実射影空間を用いた今のような議論はできません。1 次のコホモロジー類はすべて 2 乗すると 0 になってしまうからです。(次数可換性より \( u^2= -u^2 \) だが、標数 2 以外ではこれは \( u^2=0\) を意味する。)この場合は巡回群の分類空間 \( B(\mathbf{Z}/l) \) を用いた似た議論を用います。

 ちなみに、実射影空間 \( \mathbf{RP}^\infty \) は、群 \( \mathbf{Z}/2 \) の分類空間でもあります。無限次元球面 \( S^\infty =\bigcup _{n\ge 1}S^n \) のホモトピー群がすべて自明で、群 \( \mathbf{Z}/2\) が対蹠点により自由に作用しており、その商が \( \bigcup _{n\ge 1} \mathbf{RP}^n =\mathbf{RP}^\infty \) だからです。

 ●モチビックな場合、代数幾何の射影空間 \( \mathbf{P}^n_k \) は必ずしもうまく機能してくれません。代数的な射影空間は、複素射影空間 \( \mathbf{CP}^n \) の類似であって、コホモロジー環は多項式環に同型ですが、生成元が2次に棲んでいます。 すると奇数次の \( Sq^* \) と必ずしも相性が良くありません。\( \mathbf{Z}/2 \) 係数の場合に実射影空間の simplicial set によるモデル (射影空間のセル分解をひとつとればよい) を用いても、必ずしも同じ議論が再現できるわけではないようです。

じつは、モチビックな場合は、分類空間 \( B\mu _l \) が仕事をしてくれることが判明します。\( l=2 \) の場合は上と本当に同じで、下に少しヒントを書きます。奇数の場合は \( B\mu _l \) のコホモロジーの基底 u,v を用いて、外部積でとった元 \[ (u\times v )^{\times n}\in H^{3n,2n}( (B\mu _l )^{2n},\mathbf{Z}/l)  \] に作用素の admissible 多項式を作用させることで線型独立性が示せるようです。

 

\( \mathbf{Z}/2\) 係数の \( H^{*,*}(B\mu _2) \) の基底。

\[ \begin{array}{r|cc} \text{基底}& \text{属する群} & \text{第1添字} \\ \hline u^{\phantom{2}} &H^{1,1}&1 \\ v^{\phantom{2}}&H^{2,1}&2 \\ uv^{\phantom{2}}&H^{3,2}&3 \\ v^2&H^{4,2}&4 \\ uv^2&H^{5,3}&5 \\ v^3&H^{6,3}& 6\\ uv^3&H^{7,4}& 7\\ v^4&H^{8,4}& 8 \end{array}\]

 \( v^i\in H^{2i,i}\) なので \( Sq^{2i}(v^i)=v^{2i}\) であり、\( Sq^1=\beta \) (Bockstein 写像) なので \( Sq^1(u)=v\).

 このことと Cartan 公式から \( Sq^{2i+1}(uv^i)=v^{2i+1} \) もわかる。こうして、モチビックな場合にも同じ議論で admissible 単項式どもが \( H^{*,*}(k) \) 上で線型独立 (=非自明な線型関係式を持たない) であることが示せます。

 

 

 

 

 Wikipedia ``Steenrod algebra''

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