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Steenrod 篇:§10. Adem 関係式---古典論における導出

文献

S.R. Bullett, I.G. Macdonald On the adem relations, Topology 21(3), 1982, 329-332

 

\( t\) を次数 0 の不定元とし、Steenrod square を並べた次のコホモロジー作用素を考えます。 \[ P(t):= Sq^0+Sq^1t+Sq^2t^2+\cdots \colon \quad H^{*}(-)\to H^{*}(-)[t]. \] P(t) の定義式は無限和になっていますが、個々のコホモロジー類に対しては、その次数よりも高次の \( Sq^* \) は零で作用するので、値は多項式環に収まります。

Cartan 公式により、これは環準同型になっています(各空間 \( X\) に対して、\[ P(t)\colon \oplus _{*\ge 0}H^*(X)\to \oplus _{*\ge 0}H^*(X)[t] \] が環準同型)。じっさい、\[\begin{array}{rl} [ P(t)] (uv) &\overset{\text{by def}}{=}\displaystyle\sum _{i\ge 0} Sq^i(uv)t^i \\
&\overset{\text{Cartan}}{=} \displaystyle\sum _{i\ge 0}\sum _{j+k=i}Sq^j(u)Sq^k(v)t^i  \\
&=\displaystyle\left( \sum _{j\ge 0}Sq^j(u)t^j\right) \left( \sum _{k\ge 0}Sq^k(v)t^k\right) .\end{array} \] 今後、環 \( H^*(-)[t] \) の元に更に \( Sq^* \) を作用させる場合は、t への作用は自明 (恒等写像) ということにします。

 

Bullett-MacDonald 関係式

次の主張は Adem 関係式と同値であることが知られています(「Bullett-MacDonald 関係式」)。 \[ P(s^2+st)P(t^2)=P(t^2+st)P(s^2) \] あるいは、s, t に関する斉次性から、 \( s=1 \) としてしまっても同値性は変わらないことが分かるので: \[ P(1+t)P(t^2)=P(t+t^2)P(1). \] この式をまず示してから、同値性の説明をすることにします。

 

 

Bullett-MacDonald 関係式の証明

示したい関係式は関手どうしの写像 \[ H^*(-)\rightrightarrows H^*(-)[s,t] \] に関するものですが、コホモロジー作用素としての次数 \( n \) が揃っている項ごとに考えることができます。

 (関係式が次数ごとに成立していれば、関係式全体も当然成立し、直和成分の埋め込み \( H^p\hookrightarrow H^* \) と直和成分への射影 \( H^*(-)[s,t] \to H^{p+n}(-)\otimes _{\mathbf{Z}} \mathbf{Z}[s,t] \) を考えることにより、等式が全体として成り立っていれば、必然的に次数ごとにも成り立っていなければならない。)

 次の結果があります。

Serre ``Cohomologie mod 2 ... '' Lem.1 (p.224):
\( Sq^*\) の\( \mathbf{Z}/2\) 係数多項式で、すべての項のコホモロジー作用素としての次数が \( \le n \) であるものに関して、これを \( x_1\dots x_n\in H^n((\mathbf{RP}^\infty )^n,\mathbf{Z}/2) \) に作用させて 0 ならば、作用素としても 0 である。

  したがって、Bullett-Macdonald 関係式の n 次部分を示すには、両辺を \( x_1\dots x_n \) に作用させて、同じ \( H^{2n}((\mathbf{RP}^\infty )^n,\mathbf{Z}/2)[s,t] \) の元を得ることを確かめればよいです。とくに、次を示せば十分です。

主張(n): コホモロジー環 \(H^*((\mathbf{RP}^\infty )^n,\mathbf{Z}/2)[s,t]\) の元の、つぎの関係式がなりたつ:\[ [P(s^2+st)P(t^2)] (x_1\dots x_n) =[P(t^2+st)P(s^2)] (x_1\dots x_n) . \]

主張(n)は、Bullett-Macdonald 関係式よりは弱いが、すべての n に対して成り立てば、 Bullett-Macdonald 関係式と同値です。

 作用される元は \( x_1\dots x_n \) という n 次の元ですが、値を比べる場所は 2n 次に限定せずにすべての次数を対象にしています。(とはいえ非自明な値が出てきうるのは \( H^n \) から \( H^{4n} \) の間です。)この微妙な強さ・弱さが証明に効きます。  

 

 作用素 P(t) が環準同型であったことから、両辺の計算は、各 \( x_i \) に対して行なってから積をとることで遂行できます。したがって、証明のためには両辺を \( x\in H^1(\mathbf{RP}^\infty ,\mathbf{Z}/2) \) に作用させて比べれば十分です。

というわけで、関係式の証明は、具体的な主張の族である主張(n)に帰着され、さらにそのごく一部である主張(1)に帰着されてしまいました。あとはこれを具体的に計算します。 \[ \begin{array}{ccl} [ P(s^2+st)P(t^2) ] x &=& [ P(s^2+st) ] (x+t^2x^2) \\ && \\ &=& (x+t^2x^2)+(s^2+st)(x^2)+(s^2+st)^2(t^2x^4) \\ && \\ &=& x+ (s^2+st+t^2)x^2+(s^4t^2+s^2t^4)x^4 \end{array}\] ここで、いくつかの基本的な計算 \[ Sq^0=id , \quad Sq^1x=x^2, \quad  Sq^2x=0\] および \( x^2\) への作用に関して \[ Sq^1(x^2)=2x^3=0 ,\quad  Sq^2(x^2)=x^4 \] を使いました。 計算結果は s, t について対称になっているので、これで Bullett-MacDonald 関係式が示せました。

 

 

Bullet-MacDonald 関係式から Adem 関係式の導出

さいごに、級数の等式 \( P(1+t)P(t^2)=P(t+t^2)P(1) \) から、「通常の」Adem 関係式 \[ Sq^aSq^b= \sum _{j=0}^{[a/2]} \begin{pmatrix}b-j-1 \\ a-2j\end{pmatrix} Sq^{a+b-j}Sq^j  \] が導出できることを確認します (実際のところ、Bullett-Macdonald 関係式こそが Adem 関係式の本来の形だと思ってもらって、このステップは忘れてもらってもさほど困りません)。

 τ = \( t+t^2 \) とおきます。冪級数環 \( \mathbf{Z}/2 [ [ t ] ] \) の中では単元です。Bullett-Macdonald 関係式の右辺は \( P(τ)P(1) \) と書けるので、展開すると
\[ \sum _{a,b\ge 0} Sq^a τ ^a \cdot Sq^b = \sum _{a\ge 0} \left( \sum _{b\ge 0} Sq^aSq^b  \right) τ ^a \] となります。ひとつひとつの τ の次数は、b についての無限和になっていますが、コホモロジー作用素としての次数を指定するなどすれば、有限和になります (というか、a+b = (コホモロジー作用素としての次数) なので、二つを決めれば残りの一つは決まる)。

 この状況を、次のように言い表してみます。

「a,b を固定する。微分形式 \[ P(τ)P(1)dτ \] を考え (これはコホモロジー作用素のなす加群に係数を持つ微分加群である)、その作用素としての次数が a+b の部分 \([P(τ)P(1)dτ ]_{a+b}\) を見る。\( Sq ^a Sq ^b \) は、ちょうど微分形式 \[ [P(τ)P(1)\frac{dτ}{τ^{a+1} } ]_{a+b}\] の留数である。」

  ここで、任意の可換環 R と微分形式 \[ \omega = a_{-N}t^{-Ν}+\dots +a_{-1}t ^{-1}+a_0+\dots \quad\in\quad R [ [ t ] ] [\frac 1 t ]dt = R[ [t ] ] [\frac 1 t ] \otimes _R \Omega ^1_{R[t]/R }  \] に対して、その留数を \[ \operatorname*{Res} _{t=0}(\omega ):= a_{-1} \in R \] と定めました。もちろん複素解析から借りてきた定義です。より一般に M が R 加群であるとき、留数をとる写像 \( R [ [ t] ] dt \to R \) に M をテンソルすることで \[\operatorname*{Res} _{t=0}\colon M \otimes _R R[ [t ] ] [\frac 1 t]  dt \to M  \] を考えることができます。上で使っている留数はこれです。

 Bullett-Macdonald 関係式により、上記の微分形式は \[ \sum _{\begin{subarray}i,j\ge 0\\ i+j=a+b \end{subarray}} Sq^{i}Sq^j (1+t)^i t^{2j}\frac{d τ}{τ ^a}  \] と書けます。\( τ=t+t^2\) という定義式と \( d τ = dt \) (標数 2 なので) を代入すると \[ \sum _{j\ge 0} Sq^{a+b-j}Sq^j (1+t)^{b-j-1}t^{2j-a-1}dt   \] となります。

 ここで、\( τ=t+t^2 \) は先頭項が t であることにより、微分形式を、dτ を基底として表示したときの τ=0 での留数と、dt を基底として表示したときの t=0 での留数は等しいという事実により、\( Sq^aSq^b \) は上の級数の \( t^{-1} dt\) の係数に等しいです。二項定理により、これは \[ \sum _{j\ge 0} \begin{pmatrix}b-j-1  \\ a-2j \end{pmatrix} Sq^{a+b-j}Sq^j \] となることがわかります。じっさい、\( (1+t)^{b-j-1} \) を展開すると \( \sum\limits _{k=0}^{b-j}\begin{pmatrix} b-j-1 \\ k \end{pmatrix} t^k \) であり、k+(2j-a-1)= -1 の場合に興味があるので、k=a-2j ということになります。\( a<2b \) の場合は、j が 0 から [a/2] まで動きうることも確かめられます。

 

 最後に、太字で述べた事実を示します。これは一般の可換環 R と、t で始まる級数 \( τ = t + c_2t^2+c_3t^3 \cdots \in R [ [ t ] ] \) に関して成り立つ事実です。が、文字数が制限に近くなってきたので、記事を分けることにします。