[tex: ]

Steenrod 篇:§13. 作用素 ρ(E,R)

ここまでの節で、おこなったことを振り返ります。

 まず、体 \( k\) 上の motivic Steenrod 代数 \( A^{*,*}\) を定義し、admissible 単項式 \( Sq^I\) のなす集合が \( A^{*,*} \) の \( H^{*,*}\) 上の線型基底となっていることを確認しました。

 その次に、双対 Steenrod 代数 \( A_{*,*} \) を定義し、admissible 単項式の双対基底を \( \theta (I)_* \) と書きました。\( A_{*,*}\) の環構造を解明することで、ふたつの種類の元 \[ \begin{array}{rcl} τ_k &:= &\theta ( (2^k,\dots ,2,1) )_*\\ \xi _k &:= &\theta ( (2^k,\dots ,2) )_*\end{array} \] が \( A_{*,*}\) を環として生成することを見ました。より詳しく、各 \( τ_k\) については 1 次以下で、\( \xi _k\) については任意の次数を許す単項式の集合 \[ τ_0^{\epsilon _0} \xi _1^{r_1} \cdots τ_{k -1}^{\epsilon _{k -1}}\xi _k ^{r_k} \qquad \epsilon _i=0,1 \quad r_i\ge 0  \] が \(A_{*,*}\) の \( H^{*,*}(k)\) 上の線型基底であることを見ました。

f:id:motivichomotopy:20181221141354j:plain

 以下では、更にその双対基底を \( A^{*,*} \) の中に取ります。\( A^{*,*}\) は作用素 \( H^{*,*}(-)\to H^{*+p,*+q}(-) \) のなす環でしたので、モチビック・コホモロジー上の何らかの作用素がたくさん得られたことになります。その一部で \( Q_i\) と書かれるものが、 Milnor 予想を攻略するにあたって役立つことがのちに判明します。

代数 基底
Steenrod 代数 \( A^{*,*}\) admissible 単項式 \( Sq^I\)
  ↓(双対)
双対 Steenrod 代数 \( A_{*,*}\) 双対基底\( θ(I) _*\) ➡︎ \( τ_k,\ \xi _k \) の単項式
  ↓(双対)
Steenrod 代数 \( A^{*,*}\) その双対基底 ρ(E,R)

 

さて、添字の列 \( E=(\epsilon _0,\epsilon _1,\dots  ) \) は \( \epsilon _i\in \{ 0,1\} \) のなす有限列とし、\( R=(r_1,r_2,\dots ) \) は非負整数のなす有限列とします。多重添字による冪の記号を用いれば、 \[ τ^Ε \xi ^R  \quad\in\quad A_{*,*}\] という元の族が \( A_{*,*} \) の線型基底ということになります。その双対基底を \[ \rho (E,R) \quad\in\quad A^{*,*}  \] と書きます。また、E または R が 0 のものは Milnor にしたがって \[ \begin{array}{rcll}\mathscr{P}^R&:=& \rho (0,R) & (i.e. \xi ^R の双対), \\ Q(E)&:=& \rho \bigl( E ,0 \bigr) & (i.e. τ ^E の双対) \\ Q_i&:=& \rho \bigl( (0,\dots ,0,\overset{i}{\breve{1}},0,\dots ,0) ,0 \bigr) & (i.e. τ _i の双対) \end{array} \] と書くことにします。たくさん記号が出てきて疲れますが、Milnor の記号なので仕方ありません。

 E と R が両方非自明な ρ(Ε,R) も以上のものを用いて書けるというのが、次の補題の内容です。

補題\[ \rho (E,R)=Q(E)\mathscr{P}^R. \]

(証明はこの記事では書きませんが、\( Q(E)= \prod _{i} τ_i ^{\epsilon _i} \) もなりたつそうです。なので、\( Q_i\) と \( \mathscr{P}^R\) どもで最終的には十分ということです。)

 これを示すためには、双対基底の定義から、ペアリング \( A^{*,*}\times A_{*,*}\to H^{*,*}(k) \) に考えている元を代入して \[ \langle Q(E)\mathscr{P}^R ,\ τ^{E'} \xi^{R'}  \rangle \quad \in H^{*,*}(k)  \] を考えることになります。(E', R' は別の添字の列。) \( A_{*,*}\) 側の余積を適用してこれを計算することを考えます。まずは \[  \psi _* (τ^{Ε'}\xi ^{R'} )=\sum _{i} f'_i \otimes f''_i  \] と和に書きます。この際、\( f'_i ,f''_i \) は基底 \( τ^{*}\xi ^{*} \) の線型結合で書けますが、係数を右側に移して、左側の成分は \( f''_i=τ^{Ε_i}\xi ^{R_i} \) の形であるように調整できます。すると上のペアリングは \[ \sum _i \Bigl\langle Q(E)\cdot \langle \mathscr{P}^R, f'_i \rangle ,\ f''_i \Bigr\rangle  \] となり、内側に入っている \( \langle \mathscr{P}^R, f'_i \rangle \) は \( \mathbf{Z}/2\) に属していて、すべてと可換なので外に出ます: \[ = \sum _i \langle Q(E) , f''_i \rangle \cdot \langle \mathscr{P}^R, f'_i \rangle \] この表示から、\( f''_i \) に現れる \( \xi _k \) の項はペアリングに寄与しません。\( f'_i \) に現れる \( τ_k \) の項も寄与しません。(ペアリングの計算に使った左右の convention は、Voevodsky のものとは逆になっています。)

 その意味で、余積 \(\psi _* (τ^{Ε'}\xi ^{R'} )\) のうち、ペアリングに寄与する部分だけを前回の補題で計算すると \[ \psi _* (τ^{Ε'}\xi ^{R'} )\sim ( \mathrm{id}\otimes τ^{E'} )\cdot (\xi ^{R'}\otimes \mathrm{id}  ) =\xi ^{R'}\otimesτ^{E'}. \] これを念頭に置いて先ほどのペアリングの計算を実行すると、Kronecker のデルタを用いて \[ =\delta _{E E'}\delta _{R R'} . \] すなわち、元の族 \( \{ Q(E)\mathscr{P}^R  \} _{E,R} \) は主張の通り、双対基底に一致します。■

 

 さいごに、\( Q_i \) の \( A^{*,*}\) における平方が 0 であることに注意しておきます。これは、\( τ_k \) や \( \xi _k \) を \( A_{*,*}\) の余積で送った像の計算 (再掲します)\[ \begin{array}{rcl} \psi _* (\xi _k) &=& 
\xi _k\otimes \mathrm{id}+ \xi _{k -1}^2\otimes \xi _1 +\dots + \xi _1^{2^{k -1}}\otimes \xi _{k -1}+\mathrm{id}\otimes \xi _k  \\ \psi _*(τ_k)&=&  τ_k\otimes \mathrm{id} \\
&&+\xi _k \otimes τ_0 + \xi _{k -1}^2\otimes τ_1 +\dots +\mathrm{id}\otimes τ_k . 
\end{array}\] の双対として得られます。( \( \xi _k\) の余積には \( τ_k \) がひとつも現れず、\( τ_k \) の余積で \( τ_i\otimes τ_i \) の形の項がないため。)

 なので、どんな空間 X に対しても、「モチビック・コホモロジーに \( Q_i\) を作用させる」という写像は 2 回くりかえすと零写像なので、これを複体と思ってコホモロジー群を考えることができます。私もまだ理由を知りませんが、このホモロジー群を考察することが Milnor 予想の解決に重要であるようです。

 

今日はこのへんで。