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無限圏概観:安定無限圏

始対象、終対象 ・コンマ圏 ・安定無限圏の定義に現れる用語の解説 

本文はなるべく用語を日本語で書いています。普段英語の用語に触れている人のために対照表を設けておきます:

日本語 英語
無限圏 an $\infty $-category
懸垂 suspension
単体的 simplicial
胞体 a cell
あつまり a collection, a class
脈体 the nerve
安定  stable 
写像錘  mapping cone 
   

安定無限圏の定義には無限圏における極限・余極限という、まだ紹介していない概念が登場しますが、とりあえず述べてみます:

定義 無限圏 $\mathcal{C} $ が安定無限圏であるとは、次の3条件がみたされることである:

・$\mathcal{C}$ は零対象を持つ。

・$\mathcal{C}$ の任意の射はファイバーとコファイバーを持つ。

・$\mathcal{C} $ の中の三角形がfibration列であるのは、それがcofibration列であるときと一致する。

 これは次の (より強い) 条件と一致するそうです (Lurie: Higher Algebra 1.1.3.4)。

同値な定義 無限圏 $\mathcal{C}$ が安定無限圏であるとは、

・零対象が存在する。

・有限極限と有限余極限が必ず存在する。

・図式 $\begin{subarray}{ccc}X &\to & Y \\ \downarrow && \downarrow \\ X' &\to &Y'\end{subarray}$ が押し出し図式であることと、引き戻し図式であることは常に同値である。

の3条件を満たすことである。

第1の条件は、三角圏っぽいものをこれから考えようというマインドの人にとって当然の条件でしょう。第3の条件は「懸垂」と「ループ空間」が互いにぴったり逆関手になっているという感じの条件で、三角圏で右にシフトするのと左にシフトするのがちょうど逆関手であることと対応します。その上で、第2の条件は、三角圏において、任意の射が完全三角形の一部であることと対応します。

 

この記事では、以上の定義を理解するのに必要な、無限圏の文脈での極限と余極限の概念を紹介します。(零対象や、押し出し・引き戻しその他の用語は、その概念の特別な場合です。)

 

始対象、終対象

通常の圏論で、図式の極限は「これこれの図式を可換にする対象のなす圏の中の、始対象(または終対象)」と定義されます。

 よって、始対象・終対象の概念と、「これこれの図式を可換にする対象」たちのなす圏であるコンマ圏が無限圏の文脈できちんと定式化できていればよいわけです。

 私も今回知りましたが、「コンマ圏」の「コンマ」は、句読点のコンマのことで、この構成がはじめて現れたときにLawvereがたまたまコンマの記号を使ったことに由来するそうです。

対象が一意に定まるとは?

始対象・終対象は存在すれば一意に定まって欲しいです。通常の圏論では、始対象は、具体的な対象としては一意に定まらないけれども、(存在すれば)一意な同型を除いて一意に定まります。つまり、或る圏において、始対象が存在する場合に、それがひとつとは限らないけれども、或る始対象から別の始対象へは、射がひとつだけあり、(必然的に)同型です。この状況で、始対象のなす圏 (の脈体) は可縮であることに注意しましょう。

 通常の圏論にある程度慣れ親しんだ時点で、我々は「対象が一意な同型を除いて一意に定まっていれば、その対象は well-defined である」という考え方を身につけています。

 無限圏の文脈では、これよりもやや緩やかに、「与えられた無限圏の可縮な部分空間 (単体的集合としての) を定めれば、それは well-defined な対象を定めたことになる」と考えます。この気持ちを忘れないでください。

 

 次の定義で、$X$ が $\mathcal{C}$ の対象である (単体的集合の言葉で言うと、$\mathcal{C}$ の 0-胞体である) ことを、記号 $X\in \mathcal{C}$ で表しています。

定義 無限圏の対象 $X\in \mathcal{C}  $ が始対象であるとは、任意の対象 $Y\in \mathcal{C} $ に対して、射の空間 $Hom _{\mathcal{C}} ^R (X,Y)$ が (単体的集合として) 可縮であることである。

 これは Lurie の HTT 1.2.12.1 です。射の空間 $Hom _{\mathcal{C}}^R $ の定義をちゃんと紹介していないツケがさっそく回ってきていますが、ちゃんとした定義があると想定して構わず進めます。

 (ちゃんとした定義は Lurie 1.2.2.3.)

命題  $X\in \mathcal{C}$ が始対象であることと、次の条件は同値である:単体的集合の写像 $\partial \Delta ^n \to \mathcal{C}$ であって頂点 $0$ を $X$ に写すものは、或る写像 $\Delta ^n\to \mathcal{C}$ に延長される。

f:id:motivichomotopy:20190404155821j:plainこの命題 (Lurie 1.2.12.4 を始対象にしたバージョン) の証明にもJoyalモデル構造周りのホモトピー論が要ります。が、これを認めれば次が出ることはすぐ見て取れるでしょう(任意の写像 $\partial \Delta ^n\to \mathcal{C}'$ が $\Delta ^n\to \mathcal{C}'$ に延長されることがわかるので)。

 無限圏 $\mathcal{C}$ において、始対象のなす充満部分圏 $\mathcal{C}'$ は空または可縮である。充満部分圏の定義により、n-胞体 $\Delta ^n\to \mathcal{C}$ が $\mathcal{C}'$ のn-胞体であることは、すべての頂点が始対象に着地することと同値です。)

このことを、「始対象は可縮なチョイスを除いて一意である」と言いあらわします。 

 安定無限圏の定義に現れる零対象とは、始対象かつ終対象である対象のことです。存在するとすると、可縮なチョイスを除いて一意です。

 

コンマ圏

通常の圏論では、圏 $C$ の中の極限は、図式 $K\to C$ に関して考えます。ここで $K$ は別の圏(「添字圏」)です。

 無限圏の文脈では、別の無限圏(「添字圏」)から無限圏 $\mathcal{C}$ への関手に関して極限を考えることになります。添字圏は無限圏とは限らない一般の単体的集合を許すと何かと便利なようです。よって、コンマ圏も単体的集合の写像 $p\colon K\to \mathcal{C}$ に対して定義すべきということになります。

 (「コンマ圏」という言葉は下に紹介するよりももっと一般の条件下での構成を指すのに使うべきかもしれませんが、呼び分けるのに疲れちゃうのでひとまずこう書いてしまっています。)

定義 $K$を単体的集合、$\mathcal{C}$ を無限圏とし、$p\colon K\to \mathcal{C}$ を単体的集合の写像とする。このとき$p$の下の対象の圏 $\mathcal{C}_{p/}$ を次の単体的集合として定義する:\[
\mathcal{C}_{p/} := \{  Hom _{Set _{\Delta }}^{\ p} (K\star \Delta ^n , \mathcal{C} )   \} _n  .
\] (記号 ${}^p$ と $\star $ は下で説明します。)

ここで、単体的集合 $K,L$ に対して、$K\star L$は、$K$から$L$への結束 (join に勝手に日本語をあてました) を表します。$\Delta ^n$ から $K\star L $ への写像を与えることと、次のデータを与えることは同値です:まず、$\Delta ^n$ の頂点 $0,1,\dots ,n$ のうち、初めの何個かを $K$ に送ることに決めます ($i$ 個としましょう) 。残りは $L$ に送ることにします。そして、頂点 $0, 1, \dots ,i $ からなる $\Delta ^i$ に同型な面から $K$ への写像を決めます。残りの頂点 $i+1,\dots ,n$ からなる $\Delta ^{n- (i+1)}$ に同型な面から $L$ への写像も決めます。これが写像 $\Delta ^{n}\to K\star L $ と同値なデータです。 *1 

f:id:motivichomotopy:20190402230312j:plain $\Delta ^3$ から $K\star L $ への写像の例。

図から明らかなように、埋め込み $K\hookrightarrow K\star L$ があります。$\mathcal{C}_{p/}$ の中の $Hom _{Set _{\Delta }}^{\ p}$ は、$K\hookrightarrow K\star \Delta ^n $ に制限すると $p$ に等しいもののみを考えているという意味です。 

f:id:motivichomotopy:20190403102504j:plain $K\subset K\star \Delta ^n$ 上では与えられた写像$p$になっているものを考える。「図式」$p$ から出て行く射を考えている、ということが感じ取れるだろう。

 命題 いま定義した $\mathcal{C}_{p/ } $ もまた無限圏である。(Lurie 本の 2.1.2.2 です。)

"証明" 通常の圏論と同様、「$p$ を忘れる」関手 $\mathcal{C}_{p/}\to \mathcal{C}$ があります。単体的集合として考えて、n-胞体のレベルでいうと、包含$\Delta ^n\subset K\star \Delta ^n$への制限で得られるものです。

 「$p$を忘れる」関手が適切な意味でfibrationであることがわかります(正確に記すと、Joyalの意味でleft fibration)。$p$の下の対象の圏が、結束 $\star $というモノイダル構造に対するinner homのようなもので、$p$を忘れる関手が包含 $\emptyset \subset K$ から誘導されているので、このこと自体は驚くにはあたらないと言えます。

 $\mathcal{C}$がfibrantな対象で、射 $\mathcal{C}_{p/}\to \mathcal{C}$がファイブレーションなので、$\mathcal{C}_{p/}$もfibrantだというのが証明の流れです。◼️

 

定義 関手 $p\colon K\to \mathcal{C}$ の余極限とは、$p$の下の対象の圏 $\mathcal{C}_{p/}$ の始対象のことである。

これは Lurie の 1.2.13.4 です。極限は、もちろん $\mathcal{C}_{/p}$ の終対象として定義します。

  余極限は、(存在したとしても)対象としては一意に決まりません。$\mathcal{C}_{p/}$ の中には($\mathcal{C}$の中と思っていただいても構いませんが)、余極限の資格をもつ対象がたくさんあってもよいです(通常の圏論でもそうでしたね)。余極限の資格をもつ対象をふたつ持ってきたときに、一方から他方への射の集合は1点とは限りません。たくさんあるかもしれません。ただし、射のなす空間は可縮です。通常の圏論における「一意性」の概念は、「集合として、1点集合」という条件に根ざすことが多かったですが、無限圏の理論では「一意性」はつねに「空間として可縮」という条件に根ざしているので、これでよいのです。

 また、$\mathcal{C}_{p/}$の中で、余極限の資格を持つ対象がなす充満部分圏は、始対象のところで述べた事実により、単体的集合として可縮(で実はKan複体)です。

 

諸用語の解説

有限(余)極限 ・押し出し/引き戻し ・ファイバー/コファイバー ・ファイブレーション列/コファブレーション列

定義 無限圏 $\mathcal{C}$ の零対象とは、始対象かつ終対象である対象のことである。(上でも一度触れました。)

この先、零対象が存在する場合にのみ定義される概念があるので、零対象をひとつえらんで $0$ と記します。もちろん、定義される概念は具体的なチョイスには(可縮な差を除いて)依りません。

 

有限(余)極限の存在

これは、関手 $p\colon K\to \mathcal{C}$ で $K$ が非退化な胞体を有限個しか持たない時に、かならず極限が存在するという条件です。

 ちなみに、「添字圏」$K$ がこのような有限性をもつ場合、関手 $p$ を「図式  $p$」と呼ぶことが好まれたりします。これは通常の圏論から受け継いだ、単なる言葉の習慣です。

 すべての有限な $K$ といっても、高次元なものはなかなか想像がつきません。すぐあとで、有限(余)極限の存在を押し出し・引き戻しを使った別の(より具体的っぽく見える)条件で言い換えられることを見ます。

 

押し出し・引き戻し

以下で、無限圏の中の(可換)図式 $\begin{subarray}{ccc}X &\to & Y \\ \downarrow && \downarrow \\ X' &\to &Y'\end{subarray}$ という物が頻繁に現れますが、これによって実際に意図されているのは単体的集合の写像 $\Delta ^1\times \Delta ^1 \to \mathcal{C}$ です。

 $\Delta ^1 \times \Delta ^1$ には非退化な1-胞体がふたつあるので(1本の対角線で四角形を区切ったとき、右上の三角形と左下の三角形)、このような図式を与えるのは、 $\mathcal{C}$ のふたつの2-胞体 $\Delta ^2\to \mathcal{C}$ であって、辺 $X\to Y'$ を(双方とも$0\to 2$にあたる辺として)共有するものをとるのと同じです。

定義 図式 $\begin{subarray}{ccc}X &\to & Y \\ \downarrow && \downarrow \\ X' &\to &Y'\end{subarray}$ が押し出し図式であるとは、$Y'$ が図式 $\begin{subarray}{ccc}X &\to & Y \\ \downarrow &&  \\ X' & & \end{subarray}$ の余極限であることである。

 

定義 図式 $\begin{subarray}{ccc}X &\to & Y \\ \downarrow && \downarrow \\ X' &\to &Y'\end{subarray}$ が引き戻し図式であるとは、$X$ が図式$\begin{subarray}{ccc} && Y \\  && \downarrow \\ X' &\to &Y'\end{subarray}$ の極限であることである。

定義の見た目は通常の圏の場合と同じで、極限の概念にホモトピー論的が埋め込まれているというわけです。

 無限圏 $\mathcal{C}$ が押し出しを必ず持つとは、$\mathcal{C}$ の中の図式 $\begin{subarray}{ccc}X &\to & Y \\ \downarrow &&  \\ X' & & \end{subarray}$ の余極限が必ず存在するということです。引き戻しを必ず持つという条件も、これに倣って定義します。

 

命題 無限圏 $\mathcal{C}$ が任意の有限余極限を持つことと、「始対象を持ち、押し出しを必ず持つ」ことは同値である。(Lurie の本の 3.2.2.8 です。)

前半の条件の方が強いのは明らかです(始対象は、空な図式 $\emptyset \to \mathcal{C}$ に関する余極限です)。後半の条件から前半の条件が出ることは、有限な単体的集合 $K$ が、小さな単体的集合に標準単体 $\Delta ^n$ を貼り付ける操作を有限回施すことで構成できることにもとづきます。 

 有限極限についても双対的な主張が成り立ちます。

 

ファイバー・コファイバー

定義 無限圏 $\mathcal{C}$ における射 $X\to Y$ のファイバーとは、次の図式の引き戻しのことである(あるいは、結果として得られる引き戻し図式のことである):\[
\begin{array}{ccc} && X \\  && \downarrow \\ 0 &\to &Y\end{array}
\] (もちろん、右上を $0$ にして、左下を $X$ にしても同等の概念を得ます。)

 この定義は、点付き位相空間の圏で、基点を保つ連続写像 $X\to Y$ のファイバーをこのように定義することを思い出せば自然に映るでしょう。(この場合は零対象は基点のみからなる空間 $*$ で、$0\to Y$ はその点 $*$ を $Y$ の基点に入れる写像です。)無限圏論ホモトピー論に根ざしているので、単なる積のように定義していても、実用上は(つまり、位相空間のなす無限圏や、安定無限圏のような状況では)この定義で古典論のホモトピーファイバーを復元します。 

定義 射 $X\to Y$ のコファイバーとは、次の図式の押し出しのことである(あるいは、結果として得られる押し出し図式のことである):\[
\begin{array}{ccc} X&\to & Y \\ \downarrow &&  \\ 0 &  & \end{array}
\] (もちろん、右上を $0$ にして、左下を $Y$ にしても同等の概念を得ます。)

これも古典論のホモトピーコファイバー(又の名を mapping cone)に対応しています。 

 

ファイブレーション列・コファイブレーション列

(零対象を持つ)無限圏における三角形とは、$\begin{subarray}{ccc}  X &\to &Y \\ \downarrow &&\downarrow  \\ 0&\to &Z  \end{subarray}$ の形の図式を意味します。一見三角形には見えませんが、これにはふたつほど言い訳ができます。

言い訳 (1): 安定無限圏の定義を述べるための一時的な概念だと割り切って、スルーすればよい。

言い訳 (2): このような「三角形」を与えることと、次を与えることが同値です(可縮なチョイスを除いて?)
 (i) 射 $X\to Y$ と $Y\to Z$.
 (ii) 零対象を経由する射(零写像) $X\to Z$ (可縮なチョイスを除いて一意です)。
 (iii) $X\to Y$ と $Y\to Z$ の合成が $X\to Z$ であることを示す2-胞体。
なので、「三角形」は本当に三角形の形をした図式 $\begin{subarray}{ccc}  X &\to &Y \\  &\searrow &\downarrow  \\ & &Z  \end{subarray}$ であって「$X\to Z$ は零写像である」という条件を満たすものに外ならないのです。(通常の圏論の場合と区別してほしいのは、この三角形の「中身」もデータの一部であることです。これは三角圏での完全三角形の連結写像 $Z\to X[1]$ のデータに相当します。)

定義 三角形 $\begin{subarray}{ccc}  X &\to &Y \\ \downarrow &&\downarrow  \\ 0&\to &Z  \end{subarray}$ がファイブレーション列であるとは、 これが引き戻し図式であることとする。(「$X$ が $Y\to Z$ のファイバーである」と言っても同じです。)

 

定義 三角形 $\begin{subarray}{ccc}  X &\to &Y \\ \downarrow &&\downarrow  \\ 0&\to &Z  \end{subarray}$ がコファイブレーション列であるとは、 これが押し出し図式であることとする。(「$Z$ が $X\to Y$ のコファイバーである」と言っても同じです。)

 三角圏においては、$X\to Y \to Z \to $ が完全三角形であるとき、$X\to Y$ の写像錘 (mapping cone) は $Z$ に擬同型でしたし、同時に $X$ は $Y\to Z$ のホモトピーファイバー(三角圏においては、写像錘のシフトとして定義する?)に擬同型でした。

 なので、安定無限圏の条件の中で「ファイバー列の概念とコファイバー列の概念が一致する」という部分は、この一致した概念が、ちょうど三角圏における完全三角形の役割を果たすことを期待してのことです。

 別の納得の仕方として、「ファイバー列とコファイバー列の概念が一致する」という条件は、ループ空間 $\Omega (-)$ と懸垂 $S^1\ \Lambda \ (-) $ が互いに逆関手となる、という条件を表していると理解することもできます。これについては以下の付録をごらんください。

 

付録:ループ空間と懸垂

点付き位相空間におけるループ空間と懸垂が、ホモトピーファイバーやホモトピーコファイバーの特殊な場合であることを知っていると便利です。

命題 点付き位相空間の圏において、$\begin{subarray}{ccc} X &\to & * \\ \downarrow && \\ * &&  \end{subarray}$ のホモトピー論的押し出しは、$X$ の懸垂 $S^1\ \Lambda \ X$ である。

証明  ホモトピー論的押し出しとは、二つの写像のうちのいずれか(ここでは水平な写像の方を採りましょう)をコファイブレーションに取り換えてから押し出しを計算せよということです。コファイブレーションは、だいたい閉埋め込みのことです。

 そこで、右上の点 $*$ を可縮な空間 $X\star *$ で取り換えて、埋め込み $X\hookrightarrow X\star *$ をとります。

f:id:motivichomotopy:20190404104440j:plainつぶすとf:id:motivichomotopy:20190404111112j:plain

この状態で $\begin{subarray}{ccc} X &\hookrightarrow & X\star * \\ \downarrow &&  \\ * && \end{subarray}$ 押し出しを取るということは、埋め込んだ $X$ を1点に潰すということですから、ホモトピーコファイバー(又の名を写像錘)は絵のとおり、 $X$ の懸垂 $S^1\ \Lambda \ X $ になります。◼️
 

命題 点付き位相空間の圏において、$\begin{subarray}{ccc} & & * \\  &&\downarrow \\ * &\to & X \end{subarray}$ のホモトピー論的引き戻しは、$X$ のループ空間 $\Omega X$ である。

証明 さっきと双対な議論になります。(ループ空間は絵が描けないのでより難しいですが。)まず、右上の点 $*$ を、可縮で $X$ 上 fibrant な空間で取り換えます。$X$ 上 fibrant なものの典型例は、基点を忘れた空間としての $X$ 上、ファイバー束になっているような空間です。私たちが今から使うものはそのパターンには当てはまりませんが。

 ここでは $X$ 上の弧空間 $PX:= Map ( ([0,1], 0 ) , X )$ を考えます。これは $X$ の中の連続曲線であって、点 $0$ は $X$ の基点に行っているようなもの全体を適当な位相(コンパクト開位相)で考えたものです。$X$ の基点への定値写像を基点としています。

 端点 $1\in [0,1]$ での値をとる写像 $PX \to X$ がファイブレーションであることが判明します。これはコファーブレーション $\{ 1\} _+ \hookrightarrow [0,1] $ から誘導されているということと、一般論から従うことなので、ここでは信じてください。

 そこで、ホモトピーファイバーは図式$\begin{subarray}{cccl} & & PX \\  & &\downarrow &\text{va}\text{lue at }1 \\ * &\to & X \end{subarray}$ の引き戻しとして計算できます。これはちょうど、「$1\in [0,1 ]$ での値もまた $X$ の基点であれ」と言っていることになるので、$X$ のループ空間 $\Omega X$ を得ます。◼️

 

私などはどちらがどちらだったのか混乱してしまうときがあります。私の覚え方は、

「Mapping cone は最後につぶすステップがあるので押し出し。Loop space は path space の部分空間なので引き戻し」

というものです。(「つぶす」操作は一般に pushout であり、「部分対象をとる」操作は一般に pullback であるということには迷いがなくなっている状態での話ですが。)

 

これを知った上で、安定無限圏の定義にある「ファイブレーション列とコファイブレーション列の概念が一致する」という条件を、次の図式の場合に考えます。(零対象は存在すると仮定しています。)\[
\begin{array}{ccc} X &\to & 0 \\ \downarrow && \downarrow  \\  0&\to & Y \end{array}
\] まず、これがファイブレーション列だと仮定してみます。すると、いま確認した事実から、$X$ はループ空間 $\Omega Y$ である(擬同型写像のチョイスは可縮)と考えるべきことになります。そのうえで、この図式がコファイブレーション列でもあるという条件は、(可縮なチョイスを除いて一意に決まる)写像 $S^1 \ \Lambda \ (\Omega Y) \to Y$ が擬同型であるということになります。

 先に図式がコファイブレーションであることを仮定すると、$Y\simeq S^1 \ \Lambda \ X$ が得られ、そのうえで図式がファイブレーション列でもあることと、$X\to \Omega (S^1 \ \Lambda \ X)$ が擬同型であることが同値です。

 

 点付き位相空間の圏では、これらの写像は擬同型(この圏では弱同値という言葉が使われますが)ではないです。擬同型であるような世界を考えるために、安定ホモトピー圏というものがこしらえられました。

 アーベル群の複体の圏では、$S^1 \ \Lambda \ (-)$ という関手は $\mathbf{Z} \to 0$ という複体($0$ が次数 0 に置いてあります)とのテンソルに当たります。つまりシフト関手です。どちら方向へのシフトかは、私も毎回考えなければ思い出せません。ループ空間に相当するホモトピー引き戻しは、逆方向へのシフトとして計算できることがわかります。なのでアーベル群の複体の圏は既に「安定」であり、導来圏という名の三角圏の理論がわりと簡単に作れるのはご存知のとおりです。

 

今日はこの辺りで。

*1: 定義の同値な言い換えとして、まず有限全順序集合(空でもよい)$I,J$ に対して全順序集合 $I\star J $ を「$ I \sqcup J$ 上に、$I$の任意の元よりも$J$の任意の元の方が大きいという順序を入れる」ことによって定め(これで標準単体たちの圏上で関手 $\Delta \times \Delta \to \Delta $が定まります)、一般の $K\star L $ は余極限によって定義する、と言ってもよいです。