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Brauer 持ち上げ

$\overline{\mathbb F}_p$係数表現の$\mathbb C$係数への持ち上げ (Brauer持ち上げ。指標経由のものと, Serreの本のもの)
K群の計算で使う例

 

まず$\mathbb C$係数の話を少し思い出します。

$G$が有限群で, 有限次元$\mathbb C$ベクトル空間$V$に作用しているとき、その指標と呼ばれる関数 \[
\chi _V\colon \quad  G/(\mbox{conj})\to \mathbb C; \quad g \mapsto \mathrm{tr}(g\colon V\to V)
\] がありました。共役な元のトレースは一致するので、$G$は共役で割って、共役類の集合を考えています。与えられた表現から指標を得る対応は、次の意味で加法的です。$0\to V'\to V\to V''\to 0$が表現どうしの完全列のとき、\[
\chi _V = \chi _{V'} + \chi _{V''} .
\] なので表現たちのなすGrothendieck群から関数のなすアーベル群に群準同型があります。\[
R(\mathbb C [G]) \xrightarrow{\cong } \mathrm{Map} (G/(\mbox{conj}),\mathbb C) 
\] $\mathbb C$が標数0の代数閉体なので、これはアーベル群の同型になるのでした。この同型を利用すると、関数$G/(\mbox{conj})\to \mathbb C$を与えることによって$G$の表現(の形式和)が得られることになります。

さて今、有限体の代数閉包$\overline{\mathbb F}_p$係数の$G$の表現$E$が与えられたとします。これをsystematicに$\mathbb C$係数の表現に持ち上げる方法があります。そのために一つだけデータを固定します。すなわち \[
\iota \colon \overline{\mathbb F}_p^* \hookrightarrow \mathbb C^*
\] を乗法的な群どうしの単射準同型とします。念のためですが、このような ι は存在します。有限体$\mathbb F _q$の乗法群は巡回群$\mathbb Z/ (q-1)\mathbb Z$に同型なので、$q-1$乗根$\zeta _{q-1}\in \mathbb C$を決めることで$\mathbb F_q^* \hookrightarrow \mathbb C^*$が決められます。これをあらゆる$p$の冪$q$に対して整合的にとる(必要ならば選択公理を使う)ことで、上のような ι を見つけられます。ちなみに$\mathbb C$の代わりに標数0の他の代数閉体$\Omega $が使いたい人は、$\Omega $の中に1の冪根をとって、埋め込み$\iota \colon \overline{\mathbb{F} }_p \hookrightarrow \Omega $を構成すれば以下の話は同じように進みます。

与えられている$G$の表現$E$に対して、次のような関数$\chi _E\colon G/(\mbox{conj}) \to \mathbb C$を考えます。元$g\in G$の作用$g\colon E\to E$の固有値を重複をこめて$\lambda _1,\dots ,\lambda _n\in \overline{\mathbb F}_p$とするとき、\[
\chi _E(g) := \sum _i \iota (\lambda _i)  \in \mathbb C.
\] 和を$\mathbb C$の中で取っているのがミソです。$g$と共役な元に対して、その固有値の集合は重複度をこめて変わらないので、関数$\chi _E $は実際に$G/(\mbox{conj})$上でwell-definedになっています。

こうして$\mathrm{Map}(G/(conj) , \mathbb C)$の元を得たので、上の全単射により$R(\mathbb C[G])$の元、つまり$\mathbb C$係数の表現の形式和を得ます。この対応をBrauer持ち上げと言います。

 


Serreの本「有限群の線型表現」の後ろの方では、これと結局同値だが一見異なる持ち上げ方が紹介されています。あそこでは確か、Wittベクトルの環$W(\overline{\mathbb F} _p)$を考えます。(これはご存知の通り$\mathbb Z_{(p)}$の強ヘンゼル化の完備化です。)$G$の$W(\overline{\mathbb F}_p)$係数の表現のうち、$W(\overline{\mathbb F}_p)[G]$-加群として射影的であるもののみを考えてGrothendieck群$R(W(\overline{\mathbb F}_p)[G])$を考えます。環の準同型たち \[
\widehat{\mathbb Q_p^{ur} }  \leftarrow W(\overline{\mathbb F}_p) \to \overline{\mathbb F}_p
\] から誘導されるGrothendieck群の写像 \[
R(\widehat{\mathbb Q_p^{ur} }[G]) \xleftarrow{\cong} R(W(\overline{\mathbb F}_p)[G]) \xrightarrow{\cong } R(\overline{\mathbb F}_p [G])
\] がいずれも同型であることが判明します。最後に選択公理によって埋め込み$\widehat{\mathbb Q_p^{ur} }\hookrightarrow \mathbb C$を取れば、合成により写像$R(\overline{\mathbb F}_p[G]) \to R(\mathbb C[G])$を得ます。Wittベクトルの良いところは、ι に相当する写像がTeichmüllerリフト$\overline{\mathbb F}_p \to W(\bar{\mathbb F}_p)$として標準的にあることです。Wittベクトルのコンベンションの取り方に依りますが、$W(\overline{\mathbb F}_p):= (1+t\overline{\mathbb F}_p  [ [ t ] ]  )^* $ととれるのでした。つまり冪級数環の中で1で始まる元たちがなす乗法群です。$\lambda \in \overline{\mathbb F}_p$のTeichmüllerリフトはコンベンションに依りますが、例えば$1-\lambda t$です。そしてWittベクトルの和は冪級数の積として定義されます。したがって、$g$倍写像の固有多項式を1次式に分解したときに \[
(X-\lambda _1)\cdots (X-\lambda _n) \in \overline{\mathbb F}_p [X]
\] となっていたとすると、前に$\sum _i \iota (\lambda _i)$と書かれていた量は \[
(1-\lambda _1 t)\cdots (1-\lambda _n t) \in W(\overline{\mathbb F}_p)
\] となります。チョイスによらない自然な持ち上げができていて嬉しいですね。


Quillenによる有限体のK群の計算では、次の具体例のみが重要です。有限体$k$をとり、それに1の$\ell $乗根を添加した体$k(\mu _l )$を考えます。群$G:= k(\mu _l)^*$を考えます。この群は巡回群です。次のような$k$上の表現を考えます: 

$k$ベクトル空間$E:= k(\mu _l)$に、$G:=k(\mu _l)^*$の元をスカラー倍で作用させる.

これの$\overline k$-表現としてのBrauer持ち上げがK群の計算に使われます(!)。Brauer持ち上げの明示的な表示も必要なので、考えましょう。元$z\in k(\mu _l)^*$による$z$倍写像$k(\mu_l)\to k(\mu_l) $の、$k$線形写像としての固有値$\in \overline{k}$を知ればBrauer持ち上げが計算できます。固有値は$\overline{k}$に係数拡大してから計算すればよいです。

元の個数を明示して$k=\mathbb F_q$とし、$k(\mu _l)/k $は$r$次拡大であるとします。この拡大は必ずガロアで、ガロア群は \[
\{ \mathrm{id}, q , q^2, \dots , q^{r-1} \}
\] なのでした。ここで$q^i $は$q^i$乗写像を表します。(拡大次数$r$は、$q^r$乗写像が$\mu _l$で恒等写像になる、つまり$q^r\equiv 1 \pmod l $となる初めの数なのでした。) このときやや進んだガロア理論の知識により、環同型 \[
k(\mu _l)\otimes _k \overline k \xrightarrow{\cong } (\overline{ k}) ^r;\quad
z\otimes w \mapsto (zw , z^qw ,\dots ,z^{q^{r-1}} w )
\] があります。一般にガロア拡大$L/k$と$L$の拡大体$\overline{L}$があるとき$L\otimes _k \overline{L} \xrightarrow{\cong }(\overline{L})^r$で、$L$成分はそれぞれの$\overline{L}$にガロア群の異なる元の作用で写っていきます。その具体例となっています。よって、$k(\mu _l)$上の$z\in k(\mu_l)^*$倍写像は、係数拡大して$(\overline{k})^r$への作用と思うと\[
 ( z,z^q,\dots ,z^{q^{r-1} } )  \in (\overline{k})^r
\] によるスカラー倍に見えます。したがって固有値の集合は見れば分かる通り, \[
\{ z,z^q,\dots ,z^{q^{r-1}}  \} 
\] となります。これを$\iota \colon \overline{k}\hookrightarrow \mathbb C$で送って足せばよいです。明示的に計算するために, ι として具体的なものを取りましょう。

$k(\mu_l)^*$は位数$q^r-1$の巡回群なので、生成元$\zeta $を選びます。$\mathbb C$の中の1の$q^r-1$乗根も一つ選んで、こちらは$\zeta _{q^r-1}$と書くことにしましょう。このとき埋め込み \[
\iota \colon \overline{k} \hookrightarrow \mathbb C 
\] を、$\zeta $を$\zeta _{q^r-1}$に写すような写像として選ぶことができます。我々の表現に限って言えば、固有値がいつでも$k(\mu _l)$に収まっているので、$\overline {k}$全体を埋め込む必要すらありませんが。このとき持ち上げられた指標の$\zeta ^j$での値は$\sum _{i=1}^{r-1} \zeta _{q^r-1} ^{jq^i} $となります。

こうして得られる関数$G\to \mathbb C$を指標として持つ表現が、我々の表現のBrauer持ち上げな訳ですが、ラッキーなことに今回はその表現もすぐ見当がつきます。$G$の表現$\mathbb C (n)$を、ベクトル空間としては1次元であって, $G=\langle \zeta \rangle \cong \mathbb Z / (q^r-1)\mathbb Z$の作用が \[ 
\zeta \mbox{ が } \zeta _{q^r-1}^n \mbox{ 倍で作用する } 
\] ようなものとします。このとき次の表現 \[
W:= \mathbb C (1) \oplus \mathbb C(q) \dots \oplus \mathbb C(q^{r-1})
\] を考えます。$\zeta ^j$の作用は$(\zeta _{q^r-1}^j ,\zeta _{q^r-1}^{jq},\dots  ,\zeta _{q^r-1}^{jq^{r-1}} )$倍なので、$W$の指標の$\zeta ^j$での値はこれの和となります。Brauer持ち上げの持つべき指標と一致したので、これがBrauer持ち上げそのものだということになります。