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定理3.1の証明を解読しています。

Harpaz-Skorobogatov-Wittenberg論文の定理3.1を勉強しています。

定理

$K$を数体とし$X$を幾何的に整なスムーズ多様体とする。$\pi \colon X\to \mathbb P^1$をスムーズ射で、ファイバーに関する条件(a) (b)をみたすものとする(条件は論文を参照)。このとき包含 \[ \mathbb P^1(K)\cap \pi (X(\mathbf A_K) ) \subset \pi (X (\mathbf A_K) ^{Br_{vert} } ) \] は稠密である。

 この包含が成り立つと言う事実自体も、微妙に類体論を使っていてちょっと面白いのですが、ここでは省略します。

さて$(M_v)_v\in X(\mathbf A_K)^{Br_{vert} }$を与えられたアデール点とします。これの$\prod _{v}\mathbb P^1 (K_v)$への像を近似したいです。 多様体の点を大文字で書くのは趣味が合いませんが、論文と違う記号を採用するとそれはそれで混乱してしまいそうなので、そのまま受け継ぎます。

積位相の定義により、あらかじめ指定された有限個の$v$に対して近似の問題を考えていくことになります。 局所体上のスムーズ多様体に対する逆写像定理により、各素点$v$に対して、$M_v\in X(K_v)$の近傍は$K_v^{dim X}$の原点の近傍と同相です。とくに$K_v$-有理点は一つでもあれば沢山あります。 このことから、定理を証明するには$(M_v)_v\in X\setminus (X_1\cup \dots \cup X_r )$としてよいです。

また、$\mathbb P^1(K)\subset \prod _{v|\infty } \mathbb P^1(K_v)$は稠密です($K\subset K\otimes _{\mathbb Q}\mathbb R$が稠密なので)。 そこで$\prod _{v|\infty }$成分は$\mathbb P^1(K)$の上にあるとしてよいです。さらに座標変換により、$\infty \in \mathbb P^1(K)$の上にあるとしてよいです。 (この座標のチョイスにより、自動的に$e_1,\dots ,e_r \neq \infty $となります。$\mathbb P^1$の座標を取り換えるのはこの1回きりです。)

この状態で、論文のStep 1にある$Br_{vert}(X)$の記述を適用します。すると$i=1,\dots ,r$に対して有限個の元 $A_{ij}\in Br(K(t) )$が定まっていて次のような状況になっています:

・$A_{ij}$は、2点$e_i$と$\infty \in \mathbb P^1$でのみ不分岐である;

・$Br_{vert}(X)$に写るような元$A\in Br(K(t) )$はすべて\[ A=\sum _{i,j}n_{i,j}A_{i,j} +A_0 \] ($A_0\in Br (K)$)の形に書ける。多分用いられない情報だが、係数$n_{i,j}$たちは$\sum _{i,j}n_{i,j}\chi _{i,j}=0$を満たす。

$Br_{vert}(X)$がmodulo $Br(K)$で有限群になるという事実が、あとでHarariのformal lemmaを適用するためには重要です。 さてHarariのformal lemmaを今から指定する状況に適用します。Harariのformal lemmaでは我々が与えるべきデータは以下の通りでした。

・開集合$U\subset X$. 今回は$U:= X\setminus (X_1\cup \dots \cup X_r\cup X_\infty )$とします。

・有限部分群$B\subset Br(X)$. 今回は$A_{ij}$たちが生成する部分群ととります。こうすると$B\cap Br(X)$は和$\sum _{ij}n_{ij}A_{ij}$のうち$\sum _{ij}n_{ij}\chi _{ij}=0$を満たすもののなす部分群、となります。この具体的な記述は多分要りませんが。

・アデール点$(P_v)_v\in U(\mathbf A_K)^{B\cap Br(X)}$. Step 1と前項により、右辺は$U(\mathbf A_K)^{Br_{vert} }$に等しいことに注意してください。 我々の近似したい点$(M_v)_v$は無限素点に関する成分が$X_\infty $に触れてしまっているので、無限素点成分をあなたの好きなようにずらした点をこのデータとして用います。実素点に関しては$\mathbb A^1(\mathbb R)$への像がすべての$e_i$よりも大きな正の実数であるようにしておきます。

・素点の有限集合$S$. これはいろいろ欲張って大きくとります。具体的にはおいおい記述していきます。ここではとりあえず無限素点を全て含むこと、証明冒頭で固定した近似すべき素点をすべて含むこと、$K_i/K$が$S$の外で不分岐であること、および$v\not\in S$に対して$\forall i,j$ $\pi ^*A_{ij}(M_v)=0$を要請しておきます。$(M_v)_v$は既に固定されており、添字ijの組は有限個しかないので、Sを十分大きく取ればこれは可能です。 

以上の状況にHarariのformal lemmaを適用すると、$M_v$を有限個の$v\not\in S$に対して修正することで、新しい点$(N_v)_v$で$ U(\mathbf A_K)^{Br_{vert} }$に属するものを得ます。Harariのformal lemmaがそもそも包含$U(\mathbf A_K)^{B}\subset U(\mathbf A_K)^{B\cap Br(X)} $の大きな方の集合の元を与えると、それを修正して小さい方の集合の元を与えてくれる機械なのでした。

素点の集合$S_1$を、$S$と、いま成分を修正した有限個の素点たちを合わせた集合とします。 このとき$N_v$の$\mathbb P^1$への像を$t_v\in \mathbb P^1(K_v)$とすると$A_{ij}$の定義により \[ \sum _{v } inv _{v\in S_1} (K_{ij}/K, t_v -e_i ) =0 \text{ in } \mathbb Q/\mathbb Z \] となります。これは命題2.1をあとで適用したい伏線だと察してください。

 

次に、数$e_1,\dots ,e_r\in K$、いま得た素点の集合$S_1$と近似すべきデータ$t_v$ ($v\in S_1$)に命題2.1を適用します。

ギリシャ文字タウはこのブログで予期しない動作をすることがあるので$t$と書きますが、命題によりいい感じの元$t\in K$が見つかります。その大きさを規定する定数$C>0$は、いま求められている近似の精度に従って、$\infty $に十分近く取っておきます。

$t-e_i$が正の付値を持つ$S_1$の外の唯一の素点を$v_i$とします。条件(5)から拡大$K_i/K$は素点$v_i$で完全分解することが従います。

この$t\in \mathbb P^1(K)$に対して、ファイバー$X_t$が$\mathbf A_K$-点を持つことを示したいです。そのために各素点$v$に対して$X_t$が$K_v$-点を持つことを示して、それが有限個を除いてはモデルの$O_v$-点から来ていることをあとから点検しましょう。

 

3つの場合があります。$v\in S_1$の場合、$v=v_i$ for some $i$の場合、そして左のどちらでもない場合です。主な道具は、最初のケースは逆写像定理、あとの2つのケースはLang-Weil estimateとHenselの補題です。あとの2つのケースを捌くためにはSが十分大きく取ってある必要があります。その取り方はそのときに明示します。Harariのformal lemmaを適用する以前に持っていたデータだけから記述できるものです。

 

$v\in S_1$の場合

写像定理により、$M_v\in X(K_v)$の近傍で$\pi $は第1射影$(K_v)^{dim X} \to K_v$のように見えています。(逆写像定理について不安で参照先が欲しい人には、たとえばSerreの本 p.85 などに載っています。)

$t$は終域$K_v$の原点付近にとってあるので、その逆像には$K_v$-有理点がたくさん含まれます。

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次のケースを考える前に、Henselの補題のあるバージョンを思い出します。 

Henselの補題

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$v=v_i$の場合

$S$の取り方---ここからの2つのケースを考えるには、$\pi \colon X\to \mathbb P^1$のモデル$\tilde\pi \colon \mathcal X \to \mathbb P^1_{O_K}$を固定してあったことにします。$S$を大きくとり、$S$の外では$\tilde\pi $はスムーズとします。

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$\tilde\pi $の生成ファイバーは幾何的に整です。「ファイバーが幾何的に整」という性質は構成可能です(EGA IV-3 定理9.7.7)。なので$\mathbb P^1_{O_K}$の開集合があって、その上のファイバーが全て幾何的に整です(生成点を含むような構成可能集合は、開集合を含むので)。必要なら開集合を小さく取り直して、その開集合の補集合は純余次元1としてよいです。その既約成分は、2種類あります。

第1は、素イデアル$\mathfrak p \in Spec (O_K)$のファイバー$\mathbb P^1_{\mathfrak p}$です。$S$を十分大きくとり、これらの$\mathfrak p$をすべて含むようにしておきます。第2の種類は、点$e\in \mathbb P^1(K)$の閉包です。定理3.1の仮定(a)により、$e$としてありうるのは$e=e_1,\dots ,e_r$のみです。

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さらに、同様の考察を$\mathcal X_{\overline e_i}\to Spec (O_{K_i})$に対して行い、これのファイバーが$S$の外では幾何的に整になるようにしておきます。

最後に、Lang-Weil estimateを使います。上に幾何的に整なファイバーが沢山出てきました。Lang-Weil estimateを用いて、$S$を十分大きくとり、$S$の外にあるファイバーがすべて、底となる有限体上で有理点を持つようにします。

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このような$S$のチョイスをした上で、Harariのformal lemmaと命題2.1を適用したことにし、得られた$v_i$を考えていることにします。この状況で$X_{t}$に$K_{v_i}$-点が存在することを示します。$\overline t$を$\mathbb P^1_{O_K}$の中での$t$の閉包とします。Henselの補題により、$\mathcal X_{\overline t}$が$\mathbb F(v_i)$-点を持てば良いです。

そのために特殊ファイバー$\mathcal X _{\overline t} \otimes _{O_K} \mathbb F (v_i)$を考えます。命題2.1により$t\equiv e_i \mod v_i$なので、これは$\mathcal X _{\overline e_i}$の$v_i$での特殊ファイバーと同じです。

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命題2.1を適用したときに、$K_i$が$v_i$で完全分解することを確かめていました。つまり$O_{K_i}$の$v_i$の上にある点$w_i$ (どれでも) は$v_i$と同型です。さらにLang-Weilにより、$\mathcal X_{\overline e_i}$は$\mathbb F(w_i)$-点を持ちます。これを合わせると$\mathcal X_{\overline e_i}$の$\mathbb F(v_i)$-点を得たことになります。

 

$v\not\in S \cup \{ v_1,\dots ,v_r \} $の場合

 この場合はより簡単です。$v(t-e_i) \le 0$なので、$v\in Spec (O_K)$での$t$と$e_i$の還元は異なる点です(どんな$i$に対しても)。従って、$S$の取り方により、$t \mod v \in \mathbb P^1(\mathbb F(v) )$の上で$\mathcal X_{t}$のファイバーは幾何的に整です。よってLang-Weilによりこのファイバーに$\mathbb F(v)$-有理点が存在します。Henselの補題により、これが$O_v$-点に延長されます。その生成点を見ることで$K_v$-点が得られます。f:id:motivichomotopy:20201127140052p:plain

 

結論

最初のケース($v\in S_1$)以外では$K_v$-点を得るプロセスで、モデルの$O_v$-点を先に構成していましたから、上の議論できちんとアデール点が得られています。