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Gowersノルムと、逆予想の逆

Gowersノルムは、整数$s\ge 0$を固定するごとに与えられます。有限アーベル群$Z$上の関数$f\colon Z\to \mathbb C$に対して定義されます。$\Vert f \Vert _{U^{s+1} (Z) }$は次の値の$2^{s+1}$乗根です:\[  \Vert f \Vert _{U^{s+1}(Z)} ^{2^{s+1} }:=  \mathbb E _{x\in Z; h\in Z^{s+1} }  \left( \prod _{\omega \in \{ 0,1 \} ^{s+1} } \mathcal C ^{|\omega |} f(x+h\cdot \omega )  \right) . \] ここで$\mathcal C$は複素共役作用を表し、$h\cdot \omega := \sum _j h_j  \omega _j $です。 我々の用途では、$Z $は巡回群$ \mathbb Z / N$ととることが多く、$f$は小さな部分集合に台を持つ場合が多いです。

$Z$の部分集合$\{ x+h\cdot \omega  \} _{\omega }$が平行六面体の形をしているので、このノルムや関連するノルムを指すのに(Gowers) box normや(Gowers) cube normという用語も使われるようです。

定義をよく噛む

式がゴツいので、簡単な場合を見ておきましょう。$U^1$ノルムは \[ \Vert f \Vert^2 _{U^1(Z)} = \mathbb E _{x,h\in Z} \left( f (x)\overline{f(x+h)} \right) = \mathbb E_x  \left( f(x)  ( \mathbb E_h \overline{f(h)} ) \right) =| \mathbb E_x f(x) | ^2 \] となっています。なので、$\Vert f\Vert _{U^1(Z)}$は非負実数としてキチンと定義され、$U^1$ノルムは三角不等式を満たす半ノルムとわかります。$s\ge 1$ならば、$U^{s+1}$ノルムは、$h$の最後の成分を分離することで、$U^s$ノルムを用いて次のように書けます:\[ \begin{array}{rl} \Vert f \Vert ^{2^{s+1}}_{U^{s+1}(Z)} &= \mathbb E_{h_{s+1}\in Z } \left( E_{x\in Z; h\in Z^{s} }  \prod _{\omega \in \{ 0,1\} ^{s} } \mathcal C^{| \omega | }( f(x+h\cdot \omega ) \mathcal C f(x+h\cdot \omega +h_{s+1} ) )  \right) \\ &=  \mathbb E_{h\in Z} \left( \Vert f( -)\overline{f( (-)+h )} \Vert ^{2^s}_{U^s(Z)} \right) \ge 0 . \end{array} \] とくに$U^2$ノルム以降は、値が$0$になるのは零関数の場合のみと分かり($h=0$の寄与を考えましょう)、名前通り、ノルムになります。

 

Green-Taoの線型方程式の論文の付録Bに、以上の内容や、いろんな不等式の議論が一発で片付くというGowers-Cauchy-Schwarz不等式の説明が載っています。

 

 逆予想の逆

Gowers逆予想は難しいですが、その逆の主張はわりと標準的に証明できます。(だから逆予想が「逆」と呼ばれている訳ですが。)Gowersノルムに慣れる目的で、これの証明をさらってみましょう。

 

主張を述べるために、関数$f\colon [N]\to \mathbb C$が与えられたとき、その$U^{s+1} [N]$ノルムを定義しなければいけないのでした。$[N]\hookrightarrow \mathbb Z $で埋め込んで、十分大きい$N'$を取って$\mathbb Z / N' $に落とし、ここで$f$を零延長します。そして$\Vert f \Vert _{U^{s+1}[N]} := \Vert f\Vert _{U^{s+1}(\mathbb Z/N' )}  / \Vert 1_{[N]} \Vert _{U^{s+1}(\mathbb Z/N' )}$ で定義します。分母のおかげで、$N'$のチョイスに依らない値になっています。

 逆定理の逆(Green-Tao $U^3$論文 命題12.6、Green氏講義第3話)

$s\ge 1$を整数とし$\delta \in (0,1) $とする。$G/\Gamma $をsステップ冪零多様体とし、$\{ F (g^nx) \} _{n\ge 1}$を冪零列とする。関数$f\colon [N]\to \mathbb [-1,1] $が評価 \[ \mathbb E_{n} f(n) F(g^n x) \ge \delta \] を持つとき、$\Vert f \Vert _{U^{s+1} } $は下から評価できる: \[  \Vert f \Vert _{U^{s+1}[N]  }  \gg _{s,\delta ,\Vert f \Vert _{Lip} ,G/\Gamma  }  1 . \]

 

Green氏の講義(第3話28分ごろ?)ではリプシッツ定数ではなくソボレフノルムを使った定式化をしていたので、そちらを説明したいと思います(証明を書くときに、主張もおいおい書き換えます)。議論の細部はこれから勉強するので、証明の流れだけを説明することになります。

 

双対ノルム

主張に、$F$と$f$という2つの関数が出てきてややこしいので、Gowersノルムの双対ノルムを導入することで主張を$F$に関するものに言い換えます。

$[N]$上の関数の空間$\mathbb C^{[N]}$に、標準座標に関する標準エルミート計量$\langle -,-\rangle $を入れます。関数$\psi \colon [N] \to \mathbb C$のGowers双対ノルムを、式 \[ \Vert \psi \Vert _{U^{s+1}[N]^* }:= \sup _{\Vert f\Vert _{U^{s+1}[N]} }  | \langle f , \psi \rangle |  \] で定めます。もちろんこの構成はGowersノルムに限ったものではありません。有限次元空間$V$にノルムが与えられれば、その双対$V^*$上に同じ式で双対ノルムが定義できます。エルミート内積は同型$V\cong V^*$を指定するので、$V$上のノルムをも定めます。

双対ノルムを使うと、示したい主張は次のように言い替えられます:$F$を$G/\Gamma $上の関数とするとき、\[ \Vert F(g^\bullet x) \Vert _{U^{s+1}[N]^* } \le O_{s,G/\Gamma  } (|F|_{W^{2^s \dim G } }) . \] ここで$|-|_{W^{???}}$はソボレフノルム (p=1)です($G$のリー環$\mathfrak g$の取り方によって up to 定数で変わります。この基底の取り方も明らかにしなければなりませんが、おいおい書きます)。

最後に書いた不等式から、もとの主張が出ることは簡単にわかると思います。双対ノルムの定義から、$\delta \le \Vert f \Vert _{U^{s+1}[N]} \cdot \Vert F \Vert _{U^{s+1}[N]^*}$ですから、もしも$\Vert F \Vert _{U^{s+1}[N]^*} \le C$ならば、$\Vert f \Vert _{U^{s+1}[N] } \ge  \delta /C $とならねばならなくなるわけです。

 

主張の証明・ステップ1

証明は冪零ステップ数sに関する帰納法で進みます。$G_s$をフィルトレーションの最後のステップとします。これは(単連結な)可換群です。つまり$\mathbb R^n$に同型です。共通部分$\Gamma \cap G_s$は$G_s$の格子(離散的かつ余コンパクト)であることが知られています(Green-Tao 付録EによるとMalcev, On a class of homogeneous spaces の仕事だそうです)ので、商$G_s / \Gamma \cap G_s $はトーラス$\mathbb R^n / \mathbb Z^n $に同型です。\[ \begin{array}{cccc} G_s / \Gamma \cap G_s & \subset  & G/\Gamma & \\ && \downarrow & G_s/\Gamma \cap G_s  \text{-bundle} \\ && G /( \Gamma \cdot G_s )   \end{array} \] こうして、$G/\Gamma $を多様体$G/\Gamma \cdot G_s $上のトーラス束とみなせます。

トーラス$\mathbb R^n/\mathbb Z^n $上の関数は、$e^{2\pi i nx }$という標準的周期関数たちの$\mathbb C$係数無限和で書けました。それと同じように、トーラス束$E\to M $上の関数は、ファイバー方向に周期を持っている関数の、$C^{\infty }(M) $係数無限和で書けます。つまり$\varphi \in G/\Gamma $を$C^\infty $関数とすると、これは群準同型$\xi \colon G_s/\Gamma \cap G_s \to \mathbb R / \mathbb Z$たちを添字とする次のような無限和に書けて、\[ \varphi = \sum _{\xi } \varphi _{\xi } \] 右辺の$\varphi _{\xi }$はファイバー方向に周波数$\xi $の振動をしています:$\varphi _\xi (gx ) = e^{2\pi i \xi (g) } \varphi _{\xi } (x) $.

そこで、無限和に起因する誤差評価の必要性はありますが、$\varphi $がファイバー$G_s / \Gamma \cap G_s $ 方向に周期性を持つ場合に主張を示せばよいことになります。

 

ステップ2・冪零列の差分を、ステップ数の少ない別の冪零多様体を使って書く

$\varphi = \varphi _{\xi } \colon G/\Gamma \to \mathbb R$が$G_s /\Gamma \cap G_s $方向に$\varphi _\xi (gx ) = e^{2\pi i \xi (g) } \varphi _{\xi } (x) $という不変性を持っているとします。このとき冪零列$\varphi _{\xi }(g^n x)$を、別の冪零多様体を使って書き表します。

適切なタイミングで、$\varphi _{\xi }$は単位円周$S^1 \subset \mathbb C $に値をとっていたことにします。すると値の逆数$\varphi _{\xi }(x)^{-1} $は値の複素共役$\overline{\varphi _{\xi }(x)}$と同じになり、議論が便利になる箇所があります。

$h\in G_s$に対し、差分$\Delta _h \varphi $を$x\mapsto \varphi (x)\overline{\varphi (hx) } $で定めます。$\mathbb R$上の関数の普通の微分を導く式と比べて、符号のconventionが揃っていませんが、私たちの目的には重要ではありません。Gowers $U^{s+1}[N]$ノルムの定義式から、$\Vert \varphi \Vert ^{2^{s+1}}_{U^{s+1}[N]}$を抑えるには、$\Vert \Delta _h \varphi \Vert ^{2^s}_{U^s[N]}$をあらゆる$h$に対して抑えれば十分です。(今は双対ノルムを考えているが、多分同様の計算ができる?初等的な計算のはずですが、筆者は計算する気合が無いのでGreen氏に教えを乞います。氏によると$\Vert \varphi \Vert ^2_{U^{s+1}[N]^* } \le \sup _{h} \Vert \Delta _h \varphi \Vert _{U^{s}[N]^* }$だそうです。)

そこで、もとの冪零列の代わりに、$\Delta _h \varphi_\xi (g^n x) $という数列を考えるのが大切になります。この数列を、別の冪零多様体から生じたものとして解釈してみましょう。

 

群$(G\times _{G/G_1} G) / \Delta G_s $と、冪零列概念の拡張

番号$n\ge 0$に対して、次のような$G\times G$の部分群を考えます:\[ G_n\times _{G/G_{n-1} } G_n:= \{ (g,g') \mid g=g' \text{ in } G/G_{n-1}  \} . \] これは$G\times G$の交換子降下列にはなっていませんが、Green-Taoのいわゆるフィルトレーションの公理(後述;要点は$[G_i,G_j]\subset G_{i+j} $)を満たしています。そして$s$番目のメンバーは対角的に埋め込まれた$G_s$です。なので、$\Delta G_s$でこれを割ると$(G\times _{G/G_1 } G )/ \Delta G_s$は$s-1$ステップ冪零群となります。

$\Delta _h \varphi _{\xi } (g^\bullet x)$は、この冪零群から作られる冪零列とみなせることが判明します。ただしそれは「冪零列」の概念をしかるべく拡張すれば、の話です。この話は別の記事に書きます。ここでは、いまの数列が$(G\times G)/ \Delta G_s $から生じる冪零列と書けたと仮定して話を進めます。

多分、関数$(G\times G) /\Delta G_s \to \mathbb C$を$(x,y)\mapsto \varphi _{\xi } (x) \overline{ \varphi _{\xi }  (y) } $で定義しておき、与えられた$h\in \mathbb Z $に対して、$(g^\bullet x,g^{\bullet +h} x)=(g ,g)^\bullet \cdot (x,g^h x) $を代入すればよいですね。この関数が$\Delta G_s $の作用で不変というところに、$\varphi _\xi $の$G_s /\Gamma $方向の周期性が効いています($g\in G_s$でずらしたときの変化が$e^{2\pi i \xi (g) }\cdot \overline{e^{2\pi i \xi (g) }}=1$)。でも見逃しがあるかもしれません。

 

帰納法で証明終了

ステップ数sに関する機能法により、次の形の評価式があります:\[ \Vert \Delta _h \varphi _{\xi } (g^\bullet x) \Vert _{U^{s}[N]^* } \ll  \Vert \Delta _h \varphi _{\xi } \Vert _{W^{2^{s-1}\dim ( G\times G) /\Delta G_s } }  \] 右辺の$W$の添字は$\le  2^s\dim G -1 $となり、$\Vert \varphi \Vert _{W^{2^s\dim G} }$が抑えられている状況で右辺も抑えることができます。これを使うともともとの主張が出る仕組みになっていますが、詳細はおいおい書きます。◼️