三井の論文に出てくるイデアル数
三井孝美の論文
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjm1924/26/0/26_0_1/_pdf
や本
https://www.iwanami.co.jp/book/b265375.html
に、イデアル数なる怪しい概念が出てきます。それの現代的な定式化をします。
三井が使っているイデアル数の概念はナゾなのでここでは説明しません。数体Kのイデアルたちを、数体の元の集合でパラメタ付けるために使われる概念です。けれども、とにかくナゾなので定式化し直されるべきものです。最終的には以下の概念と同値であることが確認できるはずです。
逆イデアルの元による、 イデアルのパラメタ付け
Kを数体とします。整数環$O_K$のイデアルをパラメタづけることを考えます。
$O_K$のイデアル類群は有限なので、各類から代表元$\mathfrak a$を選びます。その逆分数イデアルを
\[ \mathfrak a ^{-1}= \{ \alpha \in K | \alpha \mathfrak a \subset O_K \} \]
とします。元$\alpha \in \mathfrak a^{-1} $を選ぶと、
\[ \alpha \mathfrak a \subset O_K \]
という$O_K$のイデアルが得られます(これが$O_K$に含まれるのは、$\mathfrak a^{-1}$の定義の直接の帰結です)。そして$\alpha \neq 0$ならば$\alpha \mathfrak a $は$\mathfrak a$と同じイデアル類に属します。
逆に、$\mathfrak a $と同じ類に属するイデアル$\mathfrak a'$はすべてこのようにして得られます。このことを見るには、$\mathfrak a '=\alpha \mathfrak a $となる$\alpha \in K^*$をとるとき、再び定義から直ちに$\alpha \in \mathfrak a^{-1}$となることを考えればよいです。
以上により全単射
\[ \{ \mathfrak a \text{と同じ類に属するideals}\} \leftrightarrow \mathfrak a^{-1} / O_K^* \]
を得ます。
イデアル数
イデアル類群の元$C_i$の代表元として$\mathfrak a_i$をとったことにしましょう。自明な類$0\in Cl(O_K)$に対しては代表元は$O_K$をとっておきます。次のような集合の直和を考えます。
\[ Z = \bigsqcup _i \mathfrak a^{-1}_i \otimes _{O_K} K . \]
もちろん各成分は包含$\mathfrak a^{-1}\subset K$を通じてKに同型ですが:
\[ \mathfrak a ^{-1} \otimes _{O_K} K \xrightarrow{\cong }K, \]
分数イデアル$\mathfrak a^{-1}$の情報を保持しておくことにします。この集合には、イデアルどうしの積演算と整合する次のような積構造を考えることができます: $\alpha _i \otimes x_i$と$\alpha _j \otimes x_j$が与えられたとします。類$C_iC_j$を代表するイデアルとして$\mathfrak a_{ij}$がとってあったとします。Kの中で計算した積$\alpha _i\alpha _j$を適当に$a\in O_K\setminus \{ 0\} $倍して$\mathfrak a_{ij}^{-1}$に入るようにできます。この$a$を利用して積を
\[ ( \alpha _i \otimes x_i , \alpha _j \otimes x_j )\mapsto a\alpha _i\alpha _j \otimes \frac{x_ix_j}a \in \mathfrak a_{ij}^{-1}\otimes K \]
と定めます。$a$のチョイスを替えて$a'$としても右辺の値は変わりません。このことは次のようにチェックできます。元$aa'\alpha _i\alpha _j$もまた$\mathfrak a ^{-1}$に属することに注意して、$\alpha :=\alpha _i\alpha _j$, $x:=x_ix_j$と記すことにすると、次のような計算が成り立ちます:
\[ a\alpha \otimes x/a = aa' \alpha \otimes x/(aa') = a'\alpha \otimes x/a' .\]
以上の定義で、三井の本のp. 28 にリストアップされている「イデアル数」の性質は満たされているので、多分だいたいの目的にはこれで足りるだろうと思います。
三井本との整合性
三井の本の定式化は、あるべき定式化ではないと考えているので、上の定式化だけ覚えていただければ私は満足なのですが、一応三井の本との整合性について述べておきます。
\[ Cl(O_K) \cong \bigoplus _i \mathbb Z / (n_i) .\]
そして各巡回成分の生成元$\mathfrak b_{i}$を選びます。 すると$Cl(O_K)$の元は
\[ \prod _i \mathfrak b_i^{a_i}\]
の形の一意なイデアルで代表されます。このチョイスに関して前節までの構成をやると
\[ Z=\bigsqcup _{i, a_i} \left( \prod _{i,a_i}\mathfrak b_{i}^{-a_i}\right) \otimes _{O_K}K \]
という集合を得ます。元$\rho \in K \xleftarrow{\cong } \prod _{i,a_i}\mathfrak b_{i}^{-a_i}\otimes K$を三井の$\rho \prod _{i,a_i}\beta _i^{a_i}$に対応させれば、三井の本の「イデアル数」と完全に対応するはずです。
モジュラス付きイデアル類群
集合$\bigsqcup _i \mathfrak a_i^{-1} $は$O_K$のイデアルをすべて尽くし、$Z=\bigsqcup _i \mathfrak a_i^{-1}\otimes _{O_K} K$は分数イデアルをすべて尽くすので、モジュラス付きイデアル類群もこれらの集合を用いて表記できます。記号に慣れるためにやってみます。三井本ではpp. 28-29でやっています。
モジュラスとなるイデアル$\mathfrak f \subset O_K$を固定します。普通は、モジュラス$\mathfrak f$に関する主イデアルというのは$1+\frac fb $ ($f\in \mathfrak f$, $b$ coprime to $\mathfrak f$) の形の総正な元で生成される単項イデアルのことです。分数イデアル$\mathfrak a$と$(1+\frac fb )\mathfrak a$は、上の表記では互いにどのような関係にあるように見えるでしょうか?
$\mathfrak a$はイデアル類群で$\mathfrak a_i$の類に属しているとします。これは或るスカラー$\alpha \in \mathfrak a_i^{-1}\otimes K = K$に対応し、対応のルールは
\[ \mathfrak a = \alpha \mathfrak a _i \]
でした。$\alpha $のチョイスは$O_K^*$倍の任意性がありますが、今の目的は$Z$で考えることなので、チョイスをひとつ固定します。イデアル$(1+\frac fb )\mathfrak a$は$(1+\frac fb )\alpha $で代表できます。
$\alpha $と$\beta := (1+\frac fb ) \alpha $の関係は、$(1+\frac fb )$倍という以上の言い表し方は無いような気がします・・・。三井本の差による定式化
\[ \alpha -\beta \in \mathfrak a_{i}^{-1}\mathfrak f \]
って、間違いじゃね?・・・それともモジュラス付きイデアル類群とは微妙に違う対象を定義しているのかな?p. 29に書いてある$G(\mathfrak f)$, $G(\tilde{\mathfrak f})$の位数の公式$|G(\mathfrak f)=|Cl(O_K)| \varphi (\mathfrak f)$, $|G(\tilde{\mathfrak f})=2^{r_1}|Cl(O_K)| \varphi (\mathfrak f)$も単純すぎるからそうかも知れない。
そうですね、$Z$の元に対して、対応するイデアルを経由して考えるとどうしても$O_K^*$が入ってくるから勘定が合いません。なので考え方を改めて・・・まず、$Z$の元が$\mathfrak f$に互いに素であるという概念を定義することができます。これは対応する分数イデアル$\mathfrak a$が$\mathfrak f$と互いに素であることと定義して構いません。
そしてそのような$Z$の元の集合を、$K_{\mathfrak f}^*$の作用で割るということですね。
なんかやっぱりおかしい気がするな・・・。重要な箇所ではないので、著者がテキトーに朧覚えなことを書いただけかな?
この件は放置して、次の話題に進みます。
イデール群
イデール群について、いつも忘れることをまとめておきます。
Cassels-Frohlichの68ページがmain referenceです。
$\mathbb A_K$を$K$のアデールのなす環とします。
$J_K=\mathbb A_K^*$をイデールのなす群とします。
$J_K$には部分集合の位相ではなく、写像$J_K \hookrightarrow \mathbb A_K \times \mathbb A_K $;
$x\mapsto (x,x^{-1})$で埋め込んだときの部分位相を入れます。
これは$J_K$を$O_v^*\subset K_v^*$の制限直積と思った時の位相と同じです。
(p. 68のLemma. 証明は明らだそうです。)
各素点$v$で絶対値写像$|-|_v\colon K_v^* \to \mathbb R^*$があります。
これが連続な準同型$J_K\to \mathbb R^*$を誘導します。その核を$J_K^1$と書くそうです。
\[ 1\to J_K^1 \to J_K \to \mathbb R^* \to 1. \]
$J_K^1$の位相は$\mathbb A_K$の部分位相と一致するそうです。
また、対角埋め込みされた$K^*\subset J_K^1$は離散部分群で、$J_K^1/K^*$はコンパクトです(pp. 69-70)。
$I_K:= \bigoplus _{v:fin} \mathbb Z $を$O_K$の分数イデアルのなす群とします。
有限素点$v$に対して、付値$K_v^*\to \mathbb Z$があります。これにより連続な全射準同型
\[ J_K \twoheadrightarrow I_K \]
があり、$K^*$の像がちょうどprincipal fractional idealsのなす部分群となります。
誘導される全射準同型$J^1_K/K^* \twoheadrightarrow I_K/K^* = \mathrm{Pic}(O_K)$と$J^1_K/K^*$のコンパクト性から、類数の有限性を再証明できます(p. 71)。
(コンパクト性の証明がテクニック的には類数の有限性とだいたい同じです。)
Größencharakterについて
Hecke character (Grössencharakterとも。日本語ではヘッケ指標ないし量指標)との関係で、イデール群$J_K$の開集合の生成系をひとつ書き下しておきます。
$J_K$は次のような形の群($S$は素点のなす有限集合)
\[ \left(\prod _{v\in S} K_v^* \right) \times \left( \prod _{v\not\in S } O_v^*\right) \]
の順極限(位相群としての)なので、この群の位相の生成系を一つ書き下すことにします。
有限素点$v$に対しては、$K_v^*$の位相を生成する開集合系として、整数$i\ge 1$を定めると決まる群
\[ 1+\mathfrak m_v^i \subset K_v^*\]
が取れました。
同じ記号で用を足すために、無限素点$v$に対しては、記号$1+\mathfrak m_v^i$により、1の近傍$\{ x\in K_v^* : |1-x| < e^{-i} \} $を意味するものとでもしましょう。
このとき、上の群の位相の生成系として、有限集合$S\subset S'$と整数$i_v\ge 1 $ ($v\in S'$)を与えると決まる次の集合
\[ U_{S';(i_v)_{v\in S'} }:=\prod _{v\in S'} (1+\mathfrak m _v^{i_v}) \times \prod _{v\not\in S'} O_v^* \]
が取れます。
このことから特に、連続準同型$\psi \colon J_K\to S^1\subset \mathbb C$が与えられたとき、次のことが言えます(pp. 205-206):
十分大きい$S'$をとれば、集合
\[ U_{S'}:=\prod _{v\in S'} \{ 1\} \times \prod _{v\not\in S'} O_K\]
の元は全て$1\in \mathbb C$に写る。
実際、$1\in \mathbb C$の小さい近傍$\mathcal N\subset \mathbb C$をとり、その$\psi $による逆像を考えます。
逆像はある$S'$と$i_v$のチョイスに関して開集合$U_{S',(i_v)_v}$を含みます。同じ$S'$に対して$U_{S'}$をとれば、$U_{S'}\subset U_{S';(i_v)_v}$なので、これは全て$\mathcal N$の中に写ります。
$U_{S'}$は部分群なので、その$\psi $による像も部分群です。が、$\mathcal N$は普通に取れば1以外の$\mathbb C^*$の部分群を含まないので、
$\psi (U_{S'})= \{ 1\} $が従います。◼️
以上の事実が、p. 204に見える条件 (3) のモチベーションになっています。というわけで、Größencharakterの一つの定式化を次のように述べることができると思います。
Größencharakterとは、連続準同型 $J_K/K^* \to S^1\subset \mathbb C^*$を言う。
何故こんな基本的っぽい概念に、変わった名前が使われ続けているんでしょうかね・・・。
Dirichlet指標
Gößencharakterの特殊なものに、Dirichlet指標があります。
モジュラスとなるイデアル $\mathfrak m $ を決めるごとに、イデール類群 $J_K/K^*$ の離散的(そして有限)な商であるモジュラス付きイデアル類群(ray class groupとも)$Cl^{\mathfrak m}(O_K )$ が構成できます。これを経由するような量指標のことをDirichlet指標と言います。
\[ J_K/K^* \to Cl^{\mathfrak m}(O_K) \to S^1\subset \mathbb C^* \]
モジュラス付きイデアル類群は、イデールよりも先に発見されていたので、Dirichlet指標の概念も量指標よりも先に発見されていました。
関数$W_q$, $\Theta _p$
pp. 25-26で$K\otimes \mathbb R $上の複素数値関数として$W_q$, $\Theta _p$というものが定義されますが、これがp. 47ではしれっと$Z=\bigsqcup _i \mathfrak a_i^{-1}\otimes K$上の関数に拡張されたことになっています。このあたりの関係をはっきりさせておきます。。。