L関数と一般化リーマン予想 (GRH)
Dirichlet L関数に対する一般化リーマン予想 (GRH) の主張を、正確に理解することが目標です。
Iwaniec-Kowalski の本「Analytic Number Theory」を参照しながらまとめます。
L関数は、理論の深化とともに、Dirichlet L関数を含む形で拡張されてきているわけですが、筆者は今のところDirichlet L関数にしか用がありません。
Dirichlet指標
Dirichlet L関数は、Dirichlet指標というものを与えると決まります。
Dirichlet指標は、正整数mと群準同型 $\chi \colon (\mathbb Z /m \mathbb Z )^* \to \mathbb C^*$ のチョイスのことです。mのことを法(モジュラス)と呼ぶことがあります。
次の方法で$\chi $を$\mathbb Z$上の関数に延長します。mと互いに素な整数nについては、その$(Z /mZ )^*$への像での値をとることで$\chi (n)$とし、mと互いに素でない整数nについては$\chi (n) =0 $と定めます。
Dirichlet L関数
Dirichlet指標 $\chi $ に対して、次の級数および無限積で定義される複素関数を $L(s,\chi )$ と書き、Dirichlet L関数と呼びます。
\[ L(s,\chi ) = \sum _{n\ge 1} \frac{\chi (n) }{n^s} = \prod _p \frac{1}{1- \frac{\chi (p)}{p^{s}} } .\]
この級数と無限積は、$Re(s)>1 $の範囲で広義一様絶対収束します。なのでひとまず、この領域で定義された正則関数を得ることになります。また、無限積の収束は、値が0にならないことを含んでいるので、$Re(s)>1 $の領域で零点を持ちません。
下で証明を見るように、L関数 $L(s,\chi )$は全平面に解析接続されます。法がm=1で(必然的に)$\chi \equiv 1$の例外的なケースを除いては全平面で正則関数です。例外のケースはちょうどゼータ関数$\zeta (s)$に当たっていて、これは$s=1$に1位の唯一の極を持ち、余所では正則です。
リーマン予想はL関数の零点の位置に関する予想です。もっと広い一般性で成り立つとする定式化もあるようですが、Dirichlet L関数に関する主張として述べます。
一般化リーマン予想(GRH)
Dirichlet L関数 $L(s,\chi )$ が大事な帯(critical strip)$0<Re(s)<1$ 内に持つ零点は、すべて直線$Re(s)=\frac 12$ 上にある。
一般化リーマン予想が意味をなすには、$L(s,\chi )$が少なくとも$0<Re(s)<1$に解析接続できなければいけないので、これを見ておきましょう。法がq=1のときはゼータ関数$\zeta (s)$で有名なので、$q>1$と仮定します。($\zeta (s)$の場合も、$s=1$の極を分離しなければならない、という点を除いて同じ議論をします。)
$\chi $をDirichlet指標とします。正整数nに対して$S(n)=\sum _{ 0\le i \le n} \chi (i) $とおきます。$\chi $の平均値は$0$なので、すべてのnに対して不等式$|S(n)|< q$が成り立ちます。(qは$\chi $の法でした。)
$\chi (n) = S(n) - S(n-1)$なので、$Re(s)>1$のとき、
\[ L(s,\chi ) = \sum _{n} \frac{\chi (n)}{n^s} = \sum _{n\ge 1} \frac{S(n)}{n^s} - \sum _{n\ge 0} \frac{S(n)}{(n+1)^s} = \sum _{n\ge 1} S(n) \left( \frac{1}{n^s}-\frac{1}{(n+1)^s}\right) \]
と計算できます。この右辺が$Re(s)>0$に伸びることを確認します。微分$(t^{-s})'= \frac{-1}{s}t^{-s-1}$により:
\[ \frac{1}{n^s}-\frac{1}{(n+1)^s}= \frac{1}{s}\int _{n}^{n+1} t^{-s-1} dt \]
そこで、ひとつ前の式の右辺の絶対値を次のように抑えられます。
\[ |-| \le q \sum _{n\ge 1} \frac{1}{|s|}\int _{n}^{n+1} t^{-Re(s)-1} dt = \frac{q}{|s|} \int _1^{\infty } t^{-Re(s)-1} dt \]
そして、$Re(s)>0$のとき、指数が$-Re(s)-1<-1 $となるので積分が(広義一様絶対)収束します。こうして、$Re(s)>0$への解析接続が示されました。
原始的なDirichlet指標
Dirichlet指標が原始的であるという条件があります。重要な概念だそうなのでさらっておきます。
$m' $が$m $の約数のとき、標準的な準同型$(Z/mZ )^*\to (Z/m'Z )^*$があります。Dirichlet指標を構成するデータである群準同型 $\chi \colon (Z/mZ)^* \to \mathbb C^* $が$(Z/m'Z)^*$を経由する場合があります。
これがmの真の約数に対して起こらないとき、$\chi $ は原始的であると言います。
真の約数$m' $ に対して上のような経由が起こるとき、$\chi $ は法$m' $の指標から誘導されると言います。
整数がmと互いに素という条件が、mに互いに素という条件よりも真に強くなるときがあります(mの相異なる素因子の集合が、m'のものよりも大きくなることと同値です)。
この場合、$\chi $を$\mathbb Z$上の関数に延長するときに、法mの指標と見るか、法m'の指標と見るかによって値が0(前者の場合)になるか、1(後者の場合)になるかの違いが生じることになります。
(以上、Iwaniec-Kowalski 本の§§ 3.2, 3.3)
L関数の全平面への解析接続
L関数の全平面への解析接続と関数等式は、美しい結果のようなので、ここで示しておきましょう。
ここからは法をqと書く記号の習慣を採用します。q=1で $\chi \equiv 1 $ のとき、L関数$L(s,1)$はゼータ関数$\zeta (s) $に他なりません。この場合は$s=1$に極があるなどしてちょっとだけ記述を変えなければならないので、$q>1$と仮定することにしてしまいます。
(Iwaniec-Kowalski本の定理4.15に基づいて書いています。)
定理
$\chi $は自明指標ではないとする。$L(s,\chi ) $は全平面に正則関数として解析接続される。
($\zeta (s)$は$s=1$に極を持つ以外は正則な有理型関数として全平面に延びます。)
$\chi (-1)=1$のとき$\kappa =0$とおき、$\chi (-1)=-1$のとき$\kappa =1$とおくことにします。($(-1)^2=1$なので、$\chi (-1)=\pm 1$のどちらかに限ります。)補助的な関数
\[ \Lambda (s,\chi ) = \left(\frac{q}{\pi }\right)^{s/2} \Gamma \left( \frac{s+\kappa }{2} \right) L(s,\chi ) \]
を考えます。$\Gamma $はガンマ関数です。ガンマ関数は零点を持たない、全平面上の有理型関数です。私はこの事実の証明を自分で追ったことはないですが、Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%9E%E9%96%A2%E6%95%B0
にそう書いてあるので信じることにします。
指数関数$(-)^{s/2}$とガンマ関数が零点を持たないことから、$\Lambda (s,\chi )$が解析接続されることを示せば、$L(s,\chi )$の解析接続も示されたことになります。
正の変数$y>0$を考え、テータ関数(何でこんな名前なのか知りませんが)
\[\vartheta (y,\chi ) := \sum _{n\in \mathbb Z} \chi (n) n^{\kappa } e^{-\pi n^2 y/ q} \]
を考えます。($\chi (-1)=\pm 1$に応じて$\kappa =0,1$でしたので、$n^{\kappa }=1,n$です。)
固定した$y>0$に対して、$e^{-\pi n^2y/q} $は$n\in \mathbb Z$の絶対値が大きくなるにつれ急激に(等比数列よりも速く)減衰するので、和は絶対収束します。そして$y$について広義一様です。$n$をmod qで分類して
\[\vartheta (y,\chi ) = \sum _{a\in (\mathbb Z /q\mathbb Z)^* }\chi (a) \sum _{n\equiv a\ mod\ q} n^{\kappa } e^{-\pi n^2 y/ q} = \sum _{a\in \mathbb Z /q\mathbb Z} \chi (a) \vartheta (y;q, a) \]
と書くことにします。さて、和に現れる関数$f(x)=x^{\kappa }e^{-\pi x^2 y/q }$に、Fourier解析に出てくるPoisson和公式と呼ばれる恒等式
\[ \sum _{n\equiv a\ mod\ q} f(x) = \frac{1}{q} \sum _{n\in \mathbb Z} \widehat{f}\left( \frac{n}{q} \right) e^{2\pi \sqrt{-1}\ an/q} \]
を適用します。 Fourier変換$\widehat{f}(\xi ) = \int _{\mathbb R} x^{\kappa }e^{-\pi x^2 y/q } e^{-2\pi \sqrt{-1}\ x \xi } dx $を計算しておく必要があります。(以下しばらく、私のFourier解析の知識の欠如に付き合っていただくことになります。)
ガウス積分から、計算 $\int _{\mathbb R} e^{-\pi x^2 } e^{-2\pi \sqrt{-1}\ x \xi } dx = e^{-\pi \xi ^2}$ ができるそうです。そうですね、$x^2+2\sqrt{-1}\ x \xi = (x+\sqrt{-1} \xi )^2 + \xi ^2$ですもんね。
$x$を、新しい変数$x'$を使って$x=x'\cdot \sqrt{y/q}$と書きます。$dx = \sqrt{y/q} dx' $にも注意して、上の積分を書き直せます。そして$x'$を$x$と書き直します。すると上の計算は
\[ \sqrt{y/q} \int _{\mathbb R} e^{-\pi x^2y/q } e^{-2\pi \sqrt{-1}\ x \xi \sqrt{y/q} } dx = e^{-\pi \xi ^2} \]
となります。次に$\xi \sqrt{y/q} = \xi '$という変数変換をして、$\xi ' $を$\xi $と書き直します。すると:
\[ \sqrt{y/q} \int _{\mathbb R} e^{-\pi x^2y/q } e^{-2\pi \sqrt{-1}\ x \xi } dx = e^{-\pi \xi ^2 q/y } \]
$\kappa =0$の場合は$f(x)= e^{-\pi x^2y/q }$で、上の積分は
\[ \int _{\mathbb R} f(x) e^{-2\pi \sqrt{-1} x \xi } = \sqrt{q/y} e^{-\pi \xi ^2q/y } \]
を表しているので、$\widehat{f}(\xi ) = \sqrt{\frac{q}{y} }\ e^{-\pi \xi ^2q/y } $と分かります。これに対して、和 $\frac{1}{q} \sum _{n\in \mathbb Z} \widehat{f}\left( \frac{n}{q} \right) e^{2\pi \sqrt{-1}\ an/q} $ を表示すると
\[ \sqrt{\frac{1}{qy} } \sum _{n\in \mathbb Z} e^{-\pi n^2/qy} e^{2\pi \sqrt{-1}\ an/q} \]
となります。$e^{2\pi \sqrt{-1}\ an/q}$の値は$n$のmod qでの剰余にのみ依るので、この剰余でまとめると、
\[ \sqrt{\frac{1}{qy} } \sum _{b\in \mathbb Z / q \mathbb Z }e^{2\pi \sqrt{-1}\ ab/q} \sum _{n\equiv b\ mod\ q} e^{-\pi n^2/qy} \]
となります。最後の和は、$\vartheta (y;q,a) $の定義により$\vartheta (1/y ; q,b)$となりますので、最終的に
\[ \vartheta (y;q,a)=\sqrt{\frac{1}{qy} } \sum _{b\in \mathbb Z / q \mathbb Z }e^{2\pi \sqrt{-1}\ ab/q} \vartheta (1/y ; q,b) \]
を得ます。これを、等式$\vartheta (y,\chi ) = \sum _{a\in (\mathbb Z /q\mathbb Z)^* } \chi (a) \vartheta (y;q,a)$に代入すると
\[ \vartheta (y,\chi ) = \sqrt{\frac{1}{qy} } \sum _{a\in (\mathbb Z /q\mathbb Z)^*} \chi (a) \sum _{b\in \mathbb Z / q \mathbb Z }e^{2\pi \sqrt{-1}\ ab/q} \vartheta (1/y ; q,b) . \]
原始的指標に関する公式$\sum _{a\in (\mathbb Z /q\mathbb Z)^*} \chi (a) e^{2\pi \sqrt{-1}\ ab/q} = \overline\chi (b) t (\chi ) $により($t(\chi )$はガウス和です)
\[ \vartheta (y,\chi ) = \sqrt{\frac{1}{qy} } t (\chi ) \sum _{b\in \mathbb Z / q \mathbb Z }\overline\chi (b) \vartheta (1/y ; q,b) \]
最後に、恒等式$\vartheta (y,\chi ) = \sum _{a\in (\mathbb Z /q\mathbb Z)^* } \chi (a) \vartheta (y;q,a)$で$\chi \to \overline\chi $, $y\to 1/y$, $a\to b$としたものを用いて、かつ$t(\chi )/ \sqrt{q} = \varepsilon (\chi )$ (これは絶対値1であることが知られています)と書くと
\[ \vartheta (y,\chi ) = {\frac{\varepsilon (\chi )}{\sqrt y} } \vartheta (1/y, \overline\chi ) \]
という整った式を得ます!
$\kappa =1 $のケース($f(x)= x\ e^{-\pi x^2 y/q }$)をカバーするには、2個前のディスプレイされた式を$\xi $で微分して、まず
\[ \sqrt{y/q} \int _{\mathbb R} -2\pi \sqrt{-1}\ x\ e^{-\pi x^2y/q } e^{-2\pi \sqrt{-1}\ x \xi } dx = -2\pi \xi q/y \ e^{-\pi \xi ^2 q/y } \]
を得ます。係数$-2\pi $は両辺に現れるので消せます。この式は
\[ \int _{\mathbb R} f(x) e^{-2\pi \sqrt{-1}\ x \xi } dx =i^{-1} \frac qy \sqrt{q/y} \xi \ e^{-\pi \xi ^2 q/y } \]
と読めるので、$\widehat f(\xi ) = i^{-1}\frac qy \sqrt{q/y}\xi \ e^{-\pi \xi ^2q/y} $と分かります。この先も根性で計算すると、似た等式
\[ \vartheta (y,\chi ) = {\frac{\varepsilon (\chi )}{y\sqrt y} } \vartheta (1/y, \overline\chi ) \]
を得るそうです。一旦信じます。
さて、ここまで来ればあと一歩です。あとは、Mellin変換の公式を適用するだけで、$\Lambda (s)$の解析接続(と、同時に関数等式)が示せます。力尽きたので、次の記事に書きます。