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体上の 2 次形式篇:2 次形式から定まる Clifford 代数

いつも通り、標数 \(\neq 2\) とします。

(V,q) を 2 次形式付きのベクトル空間とします。q は非退化と仮定しなくてもよいそうです。q に対応する対象双線型形式を B: V x V --> k とします。

 

まずは抽象的に、次のような状況を考えます。

 A は (非可換な) k-代数とし、ベクトル空間として V を含むとします。包含写像 V --> A が q と整合するとは、任意の \( x\in V\) に対して、A の中で \[ x^2=q(x) \quad \in k\subset A \] が成立することとします。左辺は A の中での積です。

 このとき任意のふたつの元 \( x,y\in V\) に対して \[
(x+y)^2 = B(x+y,x+y)
\] が成り立ちますが、分配法則で展開することにより \[
xy+yx = 2 B(x,y)
\] を得ます。

補題 \( x\in V\) が A の中で可逆であることと、\( q(x)\neq 0\) は同値である。

\( q(x)\neq 0 \) のとき、\( \frac{x}{q(x)}\) が x の逆元です。逆に、q(x)=0 とすると則ち \( x^2=0 \) なので、x は可逆ではありません。

 

補題 \( u\in V \) が \( q(u)\neq 0\) を満たすとき、u による共役 \[ \begin{array}{ccc}
A &\to &A \\ x&\mapsto & u x u^{-1}
\end{array}\] の V への制限は、u に関する反転 \( τ_u \) の -1 倍である。

\( x\in V\) のときに \( u x u^{-1} \) を計算してみます。そのために先ほどの \( ux = -xu + 2 B(u,x) \) を利用します:\[
uxu^{-1} = -xuu^{-1} + 2B(u,x)\frac{u}{q(u)}
\] この値は、x が u と直交しているときは -x になり、x=u のときは u になるので、主張が確認できます。

 

Clifford 代数

このような k-代数 A のうち、普遍的なものがあり、Clifford 代数 C(V,q) と呼ばれています。 これは明らかに、テンソル代数 \( T(V)= \bigoplus\limits _{i\ge 0} V^{\otimes i} \) の、関係式 \( x\otimes x = q(x) \) による商として構成できます:\[
C(V,q):= T(V) / (x\otimes x = q(x) ) .
\] T(V) は次数付環ですが、割っているイデアルは斉次イデアルではないので、C(V,q) は次数付き環ではありません。ただし、「偶数次数」「奇数次数」の概念は意味を保ちます。イデアルが「偶数次数」の元で生成されているからです。こうして、\(C(V,q) \) は \( \mathbf{Z}/2\)-値の次数付環です。

  C(V,q) の偶数次数の部分 (つまり、次数が \( 0\in \mathbf{Z}/2 \) の部分) を the even Clifford algebra と呼び、\( C_0 (V,q)\) と記します。

 以上の記号で、\( q\) が事前に諒解されている場合は、省かれることがあります。また、整合性の概念を、関係式「\( x^2=-q(x) \)」で考える本もあります。この場合は、Clifford 代数を定義する関係式は \( x\otimes x = -q(x) \) となります。ふたつの流儀は、q と -q を取り替えることで行き来できますが、文献に当たる場合は、どちらの流儀なのか注意が必要です。

 

 ● q=0 の場合は、C(V) はベクトル空間 V 上の外積代数であり、この場合に限っては C(V) は通常の意味で次数付環であり、次数可換でもあります。(一般には、公式 xy+yx=2B(x,y) が示すように、次数可換では全然ありません。)

 ● \( V=\langle a \rangle \) のときは \( C(\langle a \rangle )\cong k[x]/(x^2-a)\) です。これは k の 2 次拡大体であるか、\( k \times k\) に同型です。

 ● 一般の V を対角化して \( V\cong \langle a_1 \rangle \oplus \dots \oplus \langle a_n \rangle \) と表示すると、C(V) は次数付きテンソル \[
k[x_1]/(x_1^2 -a_1)\otimes \dots \otimes k[x_n]/(x_n^2-a_n)
\] となります。(「異なる文字どうしは反可換」とする環構造が入っている。) 特に、C(V) のベクトル空間としての次元は \( 2^n\) です。Even part と odd part の次元はそれぞれ半分の \( 2^{n -1}\) です。

 

 

Spinor norm

Milnor 予想との関連で、spinor norm という写像を知っている必要があるので、定義と簡単な性質を述べます。

 

補題 C(V) 上の F-線型な自己同型 ε で、V 上では恒等写像であるものが (一意に) 存在する。

(自己反同型とは、自身から反対環への環同型 \( C(V)\to C(V)^{op}\) ということです。より down-to-earth に言えば、アーベル群としての自己同型であり、1 を 1 に写し、積については ε(ab)=ε(b)ε(a) を満たすということです。四元数における共役操作や、行列環の転置操作が典型例です。) 

ベクトル空間としての埋め込み \( V\hookrightarrow C(V)\) において、終域の環構造を逆転して、写像 \( V\hookrightarrow C(V)^{op}\) と見做すことができます。これに関しても関係式 \( (\forall v\in V)\ v^2=q(v) \) は成立しますので、Clifford 代数の普遍性から、環準同型 \( ε\colon C(V)\to C(V)^{op} \) が誘導されます。同じ理由から逆向きの写像も得られ、普遍性を利用したいつもの議論により、互いに逆写像であることが結論されます。

 (写像を具体的に書くこともできます。テンソル代数でテンソルの順番を逆転する写像 \( v_1\otimes \dots \otimes v_n \mapsto v_n\otimes \dots \otimes v_1 \) から誘導される写像が ε です。)

 

補題 (V,q) が非退化とし、\( u_1,\dots ,u_r\) は「長さ \( \neq 0 \)」のベクトルとする。反転操作 \( τ_{u_i}\) を \( τ_i\) と略記しよう。このとき、もしも合成 \[
τ_1\cdots    τ_r
\] が V 上の変換として恒等写像ならば、\( F^*\) の元 \( q(u_1)\dots q(u_r)\) は \( (F^{*})^{2} \) に属する。

\(τ_i\) の det は -1 なので、r は必然的に偶数です。\( x:=u_1\dots u_r \in C(V) \) と置きます。上に示した補題により、任意の \(u\in V\) に対して \[
u \overset{仮定}{=}
(τ_1  \cdots τ_r )(u) \overset{Lem}{=}
x u x^{-1} 
\] なので x は u と交換します。V は C(V) を環として生成するので、x は C(V) の中心に属することが結論されます。が、C(V) の中心と「偶数次数部分」の交わりは F に等しいことが知られています。(これは、[次数付き] 中心単純環の一般論を認めると、上の例でのテンソル分解から従うことなのですが、ここでは信じてください。)

F の元は ε で動かされないので、 \[\begin{array}{rcl}
x^2=x \cdot ε(x)&=&u_1\dots u_r \cdot u_r \dots u_1 \\
&=&q(u_1)\dots q(u_r)
\end{array}\] と計算でき、右辺が F の元の 2 乗であることがわかりました。◼️

 

以上の結果を使って、spinor norm と呼ばれる写像 \[ sn\colon O(V,q)\to F^* / (F^*)^2 \] が定義できます。(O(V,q) は (V,q) の直交群、すわなち、q に付随する双線型形式 B と整合するような V の線型自己同型全体のなす群です。)

 Spinor norm の定義は以下の通りです、O(V,q) の元は反転の合成 \( τ_1 \cdots τ_r \) として書けることを以前見ました。(個数もbound できるが、それはより複雑な証明を要します。)このとき、この元の spinor norm を \[ sn ( τ_1 \cdots τ_r ) := q(u_1)\cdots q(u_r)\in F^*/(F^*)^2 \] と定義します。最後に示した補題により、up to \( (F^*)^2\) では反転の合成としての表示の仕方に依りません。

 

Clifford 群上の spinor norm

 

Clifford 代数の乗法的部分群である Clifford 群というものも Rost の仕事に関連して出てくるので紹介しておきます。 Bourbaki 「代数」第 9 章 §9 を参考にしています。

 

可逆元 \( x\in C(V)^* \) に対して、環 C(V) の自己同型 \( z\mapsto xzx^{-1} \) を考えることができます。群 \[
CL(V,q):= \{ u\in C(V)^*\mid u\text{ は斉次かつ}, (\forall v\in V)\ xvx^{-1}\in V \}
\] をClifford 群と呼びます。(CL という記号の意味はわかりませんが、一般線型群 GL と似ているので私は許します。) このとき、\(u\in CL(V,q)\) は V の線型自己同型をひきおこしますが、これは自動的に等長写像です。じっさい、V の元の「長さ」は C(V) の中で 2 乗することで計算できるので、\[ q(xvx^{-1})=(xvx^{-1})^2 = xv^2x^{-1} \] となり、再び C(V) の定義式 \(v^2=q(v)\in F\) から右辺は \( q(v)\) に等しいとわかります。

 こうして、\(V\subset C(V,q)\) に共役で作用させることにより、次の主張を得ます。

命題 q が非退化のとき、群の完全列 \[
1\to  Z^* \to CL(V,q) \xrightarrow{\pi} O(V,q) \to 1
\] がある。ここで、Z は C(V,q) の中心である。\( x\in V\subset C(V,q)\) が「長さ \( \neq 0\)」の場合には \(\pi (x)\) は反転 \( τ_x \) の -1 倍に等しい。

全射性は、O(V,q) の元はすべて超平面に関する反転の合成として書けるという事実から従います。また、このことから、任意の \(x\in CL(V,q)\) は、\(z\in Z^*\) とベクトル \( u_1,\dots ,u_r\in V\subset C(V,q) \) を用いて \[
x=zu_1\cdots u_r
\] の形に書けることがわかります。V が偶数次元の場合、r の偶奇は、\( det (\pi (x) ) = ( -1)^r \) で決まります。

 

 

 Rost の論文では、CL (V,q) と偶数部分 \( C_0(V)\) の交わりである \( CL_0(V,q) \) に注目することになります。このとき、Z の偶数部分はいつでも \( F^*\) であることが知られており、π の像は SO(V,q) であることが判明するので:

 q が非退化のとき、群の完全列 \[
1\to F^* \to CL_0(V,q) \xrightarrow{\pi } SO(V,q) \to 1
\] がある。

 \( x\in CL_0(V,q)\) に対して、\(\pi (x)\) の spinor norm は \[ sn(\pi (x) )= x\cdot \epsilon (x)\in F^*\subset C_0(V) \quad mod (F^*)^2\] で計算される。

 最後の spinor norm の計算は、\( x=z u_1\cdots u_r \) と書けることから (この場合は \( z\in F^*\) ) 従います。