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Steenrod 篇:§11. Motivic Steenrod 代数

基礎体 \( k\) 上のモチーフの世界での Steenrod 代数を定義し、Hopf 代数構造が入っていることを確認する節です。本ブログでは \(\mathbf{Z}/2\) 係数に集中することにします。モチーフの世界では、点 pt のコホモロジー環が \(  \mathbf{Z}/2 \) よりも真に大きい(しかも人類では完全には計算できそうにない)ので、そのあたりは難しくなります。

 

定義:

\( A^{*,*}=A^{*,*}(k,\mathbf{Z}/2)\) を、\( Sq^i \) と \( H^{*,*}(k,\mathbf{Z}/2) \) で生成される、\( \mathbf{Z}/2\) 係数の双安定コホモロジー作用素全体のなす環の部分環とする。

 ここで、\( H^{*,*}(k)=H^{*,*}(k,\mathbf{Z}/2)\) の元は、左からの cup 積により、コホモロジー作用素とみなしています。\( A^{*,*} \) の環構造は、もちろんコホモロジー作用素としての合成で定義されています。したがって、かなり非可換な環となっています。

 結果的には、双安定コホモロジー作用素全体の環が \( A^{*,*}\) に一致するようです。(だからこそ良い対象であり、良い性質が証明できるのだと思います。) ただし、この論文では生成されることの証明はされていません。

 生成されることの証明は、標数 0 なら Voevodsky のこの論文、一般にはこの論文で読めます。

 

      Admissible 単項式のなす基底      余積

 

Admissible 単項式のなす基底 

命題:

\( A^{*,*} \) は左 \( H^{*,*}(k)\) 加群として admissible 単項式 \( Sq^I \) により自由生成される。

Admissible でない単項式を admissible 単項式の和に書き換えることができることは、モチビックな Adem 関係式から従います。 Cartan 公式を \( A^{*,*}\) の中の等式として書き換えると
\[ Sq^q\cdot u = \sum _{i+j=q} Sq^i(u)\cdot Sq^j .  \] これにより、\( Sq^I\) の右から \( H^{*,*}(k) \) の元をかけたもの \( Sq^I\cdot  u \) を、\( v\cdot Sq^J \) の形の元の和に書き換えることができます。これで命題が成り立つことがわかります。

 

 さらに、古典的な場合と同様に \( B\mu _2=B(\mathbf{Z}/2) \) のコホモロジーへの作用を考えることにより、admissible 単項式どもが \( A^{*,*} \) の左 \( H^{*,*}(k) \) 加群としての自由な基底となっていることが示せます [Reduced power, Prop.11.4]。私には論文のこの箇所で Voevodsky がスケッチしている方法が本当に機能するのかは確信がありませんが、古典論と同様にできるということ自体は本当です(まえの記事)。

 

余積

Cartan 公式から予想される余積 \( A^{*,*}\toA^{*,*}\otimes A^{*,*} \) があります。Cartan 公式から予想されるとは、つまり \( Sq^q \) は余積で \( \sum _{i+j=q}Sq^i\otimes Sq^j \) に送られるであろうということです。

 ここで、古典的な場合はテンソルは \( \mathbf{Z}/2 \) 上でとっていましたが、モチビックな場合には \( H^{*,*}(k) \) 上でとるのが正しくなります。\( H^{*,*}(k)\) は \( \mathbf{Z}/2 \) 係数かつ次数可換なので、可換環となります。なので、ふたつの左 \( H^{*,*}(k) \)-加群テンソルは、いつも通り考えることができます。

 \( l\) が奇数のときは可換ではない次数可換環になってしまうのですが、今はそのことは心配しない約束にしましょう。

 次の定理では、双加法的写像 \[\begin{array}{rl} \bigl( A^{*,*}\otimes _{H^{*,*}(k)}A^{*,*}\bigr) \times  \bigl( H^{*,*}(-)\otimes H^{*,*}(-) \bigr) &\to H^{*,*}(-)\otimes _{H^{*,*}(k)} H^{*,*}(-) \\ {}&\xrightarrow{\mu } H^{*,*}(-) \end{array}\] を使っています。ここで、μ は積をとる写像です。

定理:

\( H^{*,*}(k)\)-線型写像 \(\psi\colon A^{*,*}\to A^{*,*} \otimes _{H^{*,*}(k)} A^{*,*}  \) で、次を満たすものが(一意に)存在する:
任意の元 \( x\in A^{*,*}\) と \( u,v\in \tilde{H}^{*,*}(-) \) に対して \[ \mu \{ \psi (x)  (u\otimes v) \} = x(uv)  \] が \(  \tilde{H}^{*,*}(-)\) において成り立つ。

 さらに、ψ は適切な意味で環準同型である。

ψ の満たすべき等式は、次の図式の可換性としても表せます。\[ \begin{array}{ccc} A^{*,*}\times \bigl( {H}^{*,*}( -)\otimes H^{*,*}( -) \bigr) &\xrightarrow{\mathrm{id}\times \mu }& A^{*,*}\times H^{*,*}( -) \\
ψ \times \mathrm{id} \downarrow &&\downarrow {\text{pairing}} \\
\bigl( A^{*,*}\otimes _{H^{*,*}(k) } A^{*,*}\bigr) \times \bigl( {H}^{*,*}( -)\otimes H^{*,*}( -) \bigr) &\xrightarrow{\mu\circ\text{pairing} }&H^{*,*}( -) \\ \end{array} \tag{\( \bigstar \) } \]

 

 まず、各 x に対して、述べられているような元 ψ(x) の一意性を示します。n を任意の次数とします。 Admissible 単項式の一時独立性の証明の系として、写像 \[\begin{array}{ccc} A^{\le n,*}&\to & H^{\le 2n,*}( (B\mu _2)^n)  \\  \theta &\mapsto & \theta (u_1\cdots u_n) \end{array} \] が単射であることを知っています。ここで、\( u_i\) は i 番目の \( B\mu _2 \) のコホモロジー類 \( u\in H^{1,1}\) の引き戻しを表します。

 特に、これをふたつテンソルして得られる写像
\[ A^{*,*}\otimes _{H^{*,*}(k)} A^{*,*}\to  H^{*,*}( (B\mu _2)^n) \otimes _{H^{*,*}(k)}H^{*,*}( (B\mu _2)^n) \]
は次数 \( \le n \) 部分に制限すると単射です。また、\( B\mu _2\) のコホモロジーの記述より、この右辺から外部積をとって \( H^{*,*}( (B\mu _2)^n\times (B\mu _2)^n) \)に行く写像単射なので、合成写像( \( \underline{u}:=u_1\cdots u_n \) と略記しましょう)
\[\begin{array}{ccc} A^{*,*}\otimes _{H^{*,*}(k)} A^{*,*}&\to  & H^{*,*}( (B\mu _2)^n\times (B\mu _2)^n) \\  \theta '\otimes \theta ''  &\mapsto &\theta '( \underline{u} \times 1) \cdot \theta ''(1\times\underline{u}  ) \end{array} \] 
が次数 \( \le n \) に制限すると単射ということが観察されます。

 さて一方、ψ の満たす可換図式 \( (\bigstar ) \) で、右側成分に \( (\underline{u}\times 1)\otimes (1\times \underline{u}) \) を入れると、次の図式が可換でなければなりません。 \[ \begin{array}{ccc}  A^{\le n,*}\times \bigl\{ (\underline{u}\times 1)\otimes (1\times \underline{u}) \bigr\} &\xrightarrow{\mathrm{id}\times \mu }& A^{*,*}\times \{ \underline{u}\times \underline{u} \}  \\ ψ\downarrow && \downarrow \text{(pairing) } \\ \bigl( A^{*,*}\otimes A^{*,*}\bigr) ^{\le n} \times \bigl\{ (\underline{u}\times 1)\otimes (1\times \underline{u})\bigr\} &\underset{\mu \circ \text{(pairing)}}{\hookrightarrow }& H^{*,*}( (B\mu _2)^n\times (B\mu _2)^n) \end{array}\] 右上を通る経路は ψ に依らずに定まっているので、\( \theta \in A^{\le n,*}\) に対して \( ψ(\theta )\) の値はおのずと決まってしまいます。

 

  次に、ψ の存在を示します。いま示した一意性により、各 \( x\in A^{*,*}\) に対して主張を満たすような何らかの \( ψ(x) \) が存在すれば、写像 \( x\mapsto ψ(x)\) の線型性は自動的です。そこで、\( A^{*,*}\) の \( H^{*,*}(k)\)-基底である admissible 単項式 \( x=Sq^I \) に対して値を定めることができればいいです。

 ところで、ふたつの元 \( x,y\in A^{*,*}\) に対して \( ψ(x),ψ(y)\) が存在するとわかっているとき、xy に対しては \( ψ(xy):= ψ(x)ψ(y) \) ととればよいことがわかります。[たとえば、式で確認するなら、\( ψ(y)=\sum _{i}\theta '_i \otimes \theta ''_i \) と和の形に書いた上で  \[ \begin{array}{rl}[xy](uv)&= x(y(uv)) \overset{\text{def of ψ(y)}}{=} x(\mu ψ(y)(u\otimes v)) \\ {}&{} \\ &= x(\sum _i \theta '_i (u)\cdot \theta ''_i (v)) \overset{\text{def of ψ(x)}}{=} \mu ψ(x)(\theta '_i(u)\otimes \theta ''_i(v)) \\ {}&{} \\ & = \mu ψ(x)\bigl( ψ(y)(u\otimes v)\bigr) \end{array} \] と計算できます。個々の \( Sq^q \) に対しては、Cartan 公式により \[ \psi (Sq^q)=\sum _{i+j=q}Sq^i \otimes Sq^j  \] という定義が機能することがわかっているので、これで定理が示されました。

 (さらに、\( \psi (Sq^q)\) のこの式から、余積が余可換であることが見て取れます。ψ を特徴付ける等式とコホモロジーカップ積の結合律から、余積が余結合的であることもわかります。)

 

ちなみに、定理で「適切な意味で環準同型である」と書きました。これは証明途中で現れた関係式 ψ(xy)=ψ(x)ψ(y) を表しています。ただ、\( H^{*,*}(k) \) が \( A^{*,*}\) の中心に入らないことから、\( A^{*,*}\otimes _{H^{*,*}(k)} A^{*,*} \) には環構造が必ずしも入りません (あとで、或る部分加群上には環構造があることを見ますが)。これが「適切な意味で」という留保がある理由です。

 Voevodsky は、\( f\in A^{*,*} \) が operator-like であるという条件を、左から f を合成する写像が次のように factor することと定義しています: \[ \begin{array}{ccc} A^{*,*}\otimes _{\mathbf{Z}/2} A^{*,*}&\xrightarrow{f\times } &A^{*,*}\otimes _{H^{*,*}(k)} A^{*,*} \\  \text{商}\downarrow &\exists \nearrow &  \\A^{*,*}\otimes _{H^{*,*}(k)} A^{*,*}&& \end{array} \] Operator-like な元の集合を \( \bigl(A^{*,*}\otimes _{H^{*,*}(k)} A^{*,*}\bigr) _r \) と書けば、定義からほぼトートロジカルに、この集合上には環構造があることがわかります。ψ の像はこれの中に収まることは、ψ を特徴付ける等式 \( \mu \psi (x)(u\otimes v)=x(uv) \) で遊んでいると確認できます。「適切な意味で環準同型」とは、写像 \[ \psi \colon A^{*,*}\to \bigl( A^{*,*}\otimes _{H^{*,*}(k)} A^{*,*} \bigr) _r  \] が環準同型であるという風に定式化することもできます。