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体上の 2 次形式篇:基本の基本

この記事のシリーズには、Milnor 予想の勉強のために必要な 2 次形式の知識をまとめています。いつもどおり、「投稿日時」は実際に書いている日時とは異なります。

 体はなるべく \(F\) で表し、標数は 2 でないとします。

 

 ・目次

定義と用語

直和とテンソル

対角化

正則 (非退化) 性

 

定義と用語

\( n\) 変数 2 次形式とは、2 次の斉次多項式 \[ 
f(x_1,\dots ,x_n)= \sum _{i,j} a_{ij}x_i x_j \] で \( a_{ij}=a_{ji} \) を満たすものを指すとします。この係数の対称性の条件は些細です (標数 \( \neq 2\) なので)。たとえば次の 2 変数多項式 \[  f(x_1,x_2)=x_1^2+ 3x_1x_2 +x_2^2 \] は、中央の項を \( \frac 3 2 x_1x_2 + \frac 3 2 x_2 x_1 \) と書き直すことで条件を満たす表示になるからです。

 

 2 次形式は、座標の代入によって関数 \( F^n\to F \) を定めます。係数 \( a_{ij}\) を並べた対称行列を \( M_f\) と書くと、この関数は、ベクトルの掛け算を用いて \[
\begin{pmatrix}x_1 \\ \vdots \\ x_n  \end{pmatrix}
\mapsto
(x_1,\ \dots \ ,x_n)\cdot M_f\cdot \begin{pmatrix}x_1 \\ \vdots \\ x_n  \end{pmatrix}
\] と書けます。このようにして、2 次形式と対称行列は 1 対 1 に対応します。

 

 変数 \( x_1,\dots ,x_n \) や、空間 \( F^n \) の座標系を固定するのは、ときに不便になりうる、というのは数学をやっている人なら想像できると思います。そこで 2 次形式付きベクトル空間や、(対称) 双線型形式付きベクトル空間の概念を以下のように導入することになります。いわく、

 2 次形式つきベクトル空間とは、有限次元ベクトル空間 \(V\) と写像 \( q\colon V\to F \) の組であって、\( V\) のある基底に関して \( q\) が 2 次の斉次多項式で書けるもののことである。

 (「ある基底」の部分は、「任意の基底」と言っても実は同値です。) 

 対称双線型形式付きベクトル空間とは、有限次元ベクトル空間 \(V\) と線型写像 \[ 
B\colon V\otimes V \to F
\] の組であって、関係式 \( B(u,v)=B(v,u)\) を常にみたすもののことである。 

 この二つの概念も (標数 \( \neq 2\) なので) 同等であることがわかります。2 次形式から双線型形式を得るには \[ B(u,v):= \frac{1}{2} \bigl( q(u+v)-q(u)-q(v) \bigr)\tag{\( \bigstar\)} \] と置きます。係数 1/2 を不審に思う人がいるかもしれませんが、例を見れば納得できるでしょう。さきほどの 2 次多項式 \( f=x_1^2+3x_1x_2+x_2^2 \) に対応する行列は \( \begin{pmatrix} 1 &3/2 \\ 3/2 &1\end{pmatrix} \) つまり、双線型写像 \[\begin{array}{rl}
\begin{pmatrix} u_1 \\ u_2 \end{pmatrix} \otimes \begin{pmatrix} v_1 \\ v_2
\end{pmatrix}
\mapsto &
(u_1 \ u_2) \begin{pmatrix} 1 & 3/2 \\ 3/2 & 1 \end{pmatrix}
\begin{pmatrix} v_1 \\ v_2 \end{pmatrix} \\
&= u_1v_1+\frac 3 2 u_1v_2+\frac 3 2 u_2v_1+u_2v_2
\end{array} \] でした。上の公式 (\(\bigstar \) ) で 1/2 があるお陰で、これがぴったり復元できることがわかります。じっさい \( q(u_1+v_1, u_2+v_2)  \) を展開すると \[
(u_1+v_1)^2 + 3 (u_1+v_1)(u_2+v_2) +(u_2+v_2)^2
\] ですが、\( u_1^2 , u_1u_2\) のような、\( u\) または \( v\) しか含まない項は引き算で消えて、\( u_iv_j \) の形の項が残り、その係数はあるべき数値の 2 倍になっています。

 逆に、双線型形式 \( B\) からは \( q(u):=B(u,u) \) によって 2 次形式が得られます。そして、この対応は互いに逆対応になっています。

 

 このように 2 次形式と対称双線型形式の概念を、特定の座標を用いずに定義できたので、ふたつの 2 次形式または双線型形式つきベクトル空間の同値 (「同型」と言った方がわかりやすいかもしれません) の概念を、どう定義すべきかは明らかです。ので、敢えて書くことはしません。

 

 2 次形式と対称双線型形式は、同等な概念なので、とくに区別せず両方の言葉を行ったり来たりするのが、理論が高度になればなるほど便利なわけですが、この記事の中では一応区別してみたいと思います。

 

直和とテンソル

\( (V_1,B_1) \) と \( (V_2,B_2) \) がふたつの双線型形式つきベクトル空間のとき、その直和は、ベクトル空間としての直和に次の双線型形式 \[ \begin{array}{rl}
(V_1\oplus V_2) \otimes (V_1\oplus V_2)\overset{\otimes の分配則}{=}& (V_1\otimes V_1)\oplus \cdots \oplus (V_2\otimes V_2) \\  {\ } \xrightarrow[\begin{subarray}{c}\text{'diagonal'} \\ \text{components only} \end{subarray} ]{} & (V_1\otimes V_1 ) \oplus (V_2\otimes V_2) \\  & \xrightarrow{B_1+ B_2} F 
\end{array}\] を入れたものとして定義します。2 次形式の言葉でいうと、関数 \[ 
u_1\oplus u_2 \mapsto q_1(u_1) + q_2(u_2)
 \] ということになります。\( V_1 \) の元と \( V_2 \) の元のペアリングが必ず 0 になるので、直行和とも呼ばれます。

 

うえのふたつの空間のテンソルは、ベクトル空間としてのテンソルに、次の双線型写像 \[
(V_1\otimes V_2)\otimes (V_1\otimes V_2)
\xrightarrow[\text{then }B_1\otimes B_2]{\text{exchange of factors,} } F
\] を入れたものとして定めます。2 次形式の言葉で書くと、面倒なので今は省きますが、結果的に次の公式が成り立ちます (B から q を得る公式から当然ですが) \[
q(u_1\otimes u_2)= q_1(u_1)\cdot q_2(u_2) .
\] 

 

 

対角化

さて 2 次形式でもっともありふれたものは、対角型 \[
f(x_1,\dots ,x_n)=a_1x_1^2 +\dots +a_nx_n^2
\] のものでしょう。期待されるとおり、標数 \( \neq 2\) の任意の体上で、任意の 2 次形式つきベクトル空間は対角化できます。

定理 (表現原理)

\( (V,B) \) を双線型形式つきベクトル空間とする。元 \( v\in V \) が \( B(v,v)\neq 0 \) を満たすとき、\( (V,B) \) は双線型形式つきベクトル空間として、直和 \( (F\cdot v) \oplus V'  \) に分解できる。

 これは、\( V'\) として単に \( v\) の直交補空間 \( (F\cdot v)^\perp \) をとってくればよいです ( \( B\) は対称なので、右と左の区別はない)。\( B(v,v)\neq 0 \) から \( (F\cdot v)\cap (F\cdot v)^\perp =\{ 0\}  \) が、トートロジカルな等式 \[
u=B(u,v)\frac{v}{B(v,v) } + \left( u-B(u,v)\frac{v}{B(v,v) } \right)
\] から \( (F\cdot v) + (F\cdot v)^\perp \) が全体に一致することがわかります。◾️

 

非零ベクトル v の値 \( B(v,v) \) として実現される F の元は、B によって表現 (represent) されると言います。いまの定理は、表現原理 (Representation Principle) の名で、2 次形式の理論でナゾなくらい頻出するので、暗記してください

 

対角な 2 次形式 \( a_1x_1^2+ \dots +a_nx_n^2  \) が与えられた空間 \( F^n\) のことを、記号 \[
\langle a_1,\dots ,a_n \rangle
\] で書きます。順番の入れ替えは同型類に影響しません。直和とテンソルについて、容易に確認できる関係式 \[\begin{array}{rcl}
\langle a_1,\dots ,a_m \rangle \oplus \langle b_1,\dots ,b_n \rangle &\cong &\langle a_1,\dots ,a_m, b_1,\dots ,b_n \rangle , \\
\langle a_1,\dots ,a_m \rangle \otimes \langle b_1,\dots ,b_n \rangle &\cong & \bigl\langle a_ib_j \bigr\rangle _{1\le i\le m,\ 1\le j\le n}
\end{array}\] があります。

 

Representation Principle は、この記号を使うと、「F の 0 でない元 a が B によって表現されるとき、(V,B) は \( \langle a \rangle \oplus V' \) の形に直和分解する」と言い表されます。

 

正則 (非退化) 性

ここまで心の中で暗に仮定してしまっていた人も多いかもしれませんが、2 次形式は非退化なものを主な考察対象とします。これは、q を対角化 \( a_1x_1^2+\dots + a_nx_n^2 \)したときに、すべての係数 \( a_i \) が 0 でないという条件です。ただし、条件をこう書いてしまうと、対角化のとり方に依らないことが非自明に思えます。次の定義の方が便利でしょう。

定義

対称双線型形式つきベクトル空間 \( (V,B) \) が非退化であるとは、B が誘導する線型写像 (B は対称なので右・左の区別はありません) \[ V\to V^* \] が全単射であることをいう。

 (V は有限次元なので、単射だけを課しても結局同じことですし、全射だけを課しても同じことです。ちなみに、無限次元の文脈では、非退化というのは通常、単射性を指しますね。)

 明らかに、これは、B を表現する対称行列の行列式 \( \det (B)\) が 0 でないことと同値である。( det(B) は up to \( (F^*)^2\) で基底の取り方によらず well-defined なので、この条件は (V,B) に関する条件になっています。)

のちのちどれくらい使うかわかりませんが、非退化な空間どうしの直和、テンソルは再び非退化になります。 

 

Representation Princicple の系として、「(V,B) の部分空間 U 上で B が非退化のとき、(V,B) は \( V=U\oplus U^\perp \) と直交分解する」ことがわかります。

 

この記事はこのあたりで。