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冪零列

線型方程式に関する勉強をしています。

この記事では、冪零列 (nilsequence) の概念を考えたいと思います。この概念は、リンク先の論文の §8 で説明されています。Green氏による2014年の連続講義YouTubeのIHESのチャンネルに上がっているので、勉強になるかもしれません。筆者はまだ観ていませんが。

Green氏 第2話(Gowers norms),  

第3話(冪零列の概念のいくつかの特徴付け。ステップ数に関する帰納法) 

第4話 (冪零列が均等分布していること)

第5話 (Szemeredi定理) 

第6話 (素数の線型方程式) 連続講義の再生リスト

 

冪零列とは、Lie群を基に、ある一定の手続で生み出される実数列のことです。実際には、その手続に使ったいくつかのデータを込めて冪零列と言います。冪零という言葉は、冪零なLie群を使うことから来ています。

 

sステップ冪零群

群$G$がsステップの冪零群であるということの、ひとつの同値な定義は以下でした。次のような列を考えたとき:

・$Z_0=\{ 1 \} $,

・$Z_1 = Z(G)$(中心)、

・$Z_2 = Z(G/Z_1)$の逆像、、、

s個目の群が$Z_s=G$となるような群のことです(Wikipedia)。0ステップの冪零群とは自明な群のことで、1ステップの冪零群とは自明群以外の可換群のことです。

我々は$G$として、単連結なLie群を考えます(単連結とは$\pi _{\le 1}=* $のことであると解釈して、単連結という言葉に連結性も含ませることにします)。位相群の中心は、$\forall y\in G$: $xy=yx$という関係式を満たす$x$の集合ですから閉部分群です。Lie群の閉部分群はすべてLie群なので、冪零なLie群という概念は、まあマトモな物でしょう。

単連結で冪零なLie群の例としては、対角成分がすべて1な上三角行列のなす群(たとえば3x3だと): \[  \left(  \begin{array}{ccc} 1 &*&* \\ &1&* \\ &&1 \end{array}\right)   \] などがあります。実際、これの中心は $\left(  \begin{array}{ccc} 1 &0&* \\ &1&0 \\ &&1 \end{array}\right) \cong \mathbb R$, 次は $ \left(  \begin{array}{ccc} 1 &*&\times  \\ &1&* \\ &&1 \end{array}\right)  \cong \mathbb R \times \mathbb R$ という訳で2ステップ 冪零群になっています。行列のサイズがn x nならばn-1ステップです。

Wikipediaによると、単連結で冪零なLie群は、必ず上のような行列の群の閉部分群として実現されるそうです。

たとえば、1ステップの場合は、可換Lie群はトーラスとベクトル空間の直積しかないので、単連結まで課するとベクトル空間のみということになります。これはたとえば $\left( \begin{array}{ccc} 1 &*&* \\ &1&0 \\ && 1  \end{array}\right)$ という風に実現できます。(アフィン変換群の、平行移動部分ということですね。)

まあ代数幾何でもunipotent群は、行列からなる群$U_n$の閉部分群として実現できるという定理があるので、筆者は受け入れるのに躊躇はありません。

 

使えるかもしれない事実を、別の記事にまとめておきます。

 

冪零列

さて$\Gamma \subset G$を、離散部分群で余コンパクトなものとします。つまり、右作用による商$G/\Gamma $がコンパクトということです。このような商$G/\Gamma $のことをsステップ冪零多様体と呼ぶことにしているそうです。 $G/\Gamma $には$G$による左作用が残っています。

この状況で、元$g\in G $, 点 $x\in G/\Gamma $ と連続関数$F\colon G\to \mathbb R $が与えられると、数列 \[ \{ F (g^n x) \} _{n\ge 0} \] を考えることができます。このような数列をsステップ冪零列と呼ぶことになっています。 

つまりsステップ冪零列とは、データとしてはLie群$G$, 部分群$\Gamma \subset G $, 関数$F\colon G/\Gamma \to \mathbb R$, 点$g\in G $および$x\in G/\Gamma $のことです。それから決まる数列 $\{ F(g^nx) \} _n $ がその後の議論でよく使われるということです。

 定量的な議論のために、$F$は区間$[-1,1] $に値をとると仮定します。$G/\Gamma $にリーマン計量$d_{G/\Gamma }$を与えて、これに関する$F$のリプシッツ定数を制限しながら議論することもあります。

 

Gowersノルム逆予想

整数$s\ge 1 $を止めたとき、次の主張を考えます。

予想 GI(s)

$0<\delta \le 1 $とする。このときsステップ冪零多様体$( G/\Gamma ,d)  $の有限個の集合$\mathcal M _{s,\delta }$がとれて、次が成り立つ:整数$N\ge 1$と写像$f\colon [N] \to [-1,1] $であって不等式 \[ \Vert f \Vert _{U^{s+1}[N] } \ge \delta   \] を満たすものが任意に与えられたとする。このとき或る$(G/\Gamma ,d)\in \mathcal M_{s,\delta } $と、$[-1,1] $値関数$F\colon G/\Gamma \to \mathbb R $でリプシッツ定数$O_{s,\delta }(1) $を持つものが存在して、次を満たす: \[ |\mathbb E_{n\in [N] } f(n) F(g^n x ) | \gg _{s,\delta } 1. \]

 

結論部分は、$[N] $上の関数$f(n)$と$F(g^nx)$が割と近い(符号が逆になっている部分よりも、同じである部分が多い)ことを言っていると読めると思います。チョイスの柔軟性($g,x,F$)は残っているとはいえ、多様体の有限族$\mathcal M_{s,\delta }$を先に決めてしまって、どんな$N$と$f$にも対応できるというのはなかなかすごいことのように思われます。

リプシッツ定数を$s,\delta $に依存して固定することには意味があります。リプシッツ定数の制限がなければ、結論部分が、何の仮定もなく成り立ってしまいます。点列$g^n x$ ($1\le n\le N$) が異なる$N$点になるような$g,x$を見つけて(これはさすがに存在します)、それぞれの点で好きな値をとるように$F$を決めればいいだけです。$G/\Gamma $とリプシッツ定数が有限に制限されている状況では、関数の値の変動ぶりもおのずと多様性が制限されるので、点列$g^nx$の取り方で勝負をする展開になっていくはずです。

「逆予想」と呼ばれているのは、結論を満たすようなsステップ冪零列がひとつでも存在すれば、$\Vert f\Vert _{U^{s+1}[N]}$が下から評価できるという事実は標準的な手法で証明できるから、ということのようです。

 

$s=1$のときは、1ステップ冪零多様体は本質的にトーラス$\mathbb R^n / \mathbb Z^n $しかない訳ですが、実際は$\mathcal M_{1,\delta }= \{ \mathbb R /\mathbb Z \} $ と取って調和解析をやると GI(1) が証明できるそうです。筆者はできませんが。

$s=2$のときは既に割と定理のようです。(同じ2人の著者による80ページの論文になっているっぽい。arXiv版

 

GI(s) は今では定理になっていて、Ann. of Math. に載っていますarXivはこちら。新しいことをしたくなった場合に、もしもそっちの中身まで知っていないといけないとすると、結構骨でしょうね。。。

 

このブログでは、まずは予想(今では定理)を仮定して、それを使って素数に関する主張がどう出るのかを勉強していきます。

 

ではまた。

 

 

 

追記:Green氏のビデオ第2回で、終わりの方に、Gowersノルム逆予想の主張では、リプシッツ定数の代わりに、ソボレフノルム風のノルムを使う方が正しいと言っています。黒板に次のような式を書いていましたが:\[ |F|_{W^m} = \sup _{ m' \le m,\  X_1,\dots ,X_{m'}\in \mathfrak g  \text{ from a fixed basis}  }\Vert  D_{X_1}D_{X_2}\cdots D_{X_{m'} } F \Vert _\infty  \] 階数の上限$m $がどう決まるかは聞き逃しました。Green-Tao-Ziegler論文ではリプシッツ関数を考えているようですが、その後もこの話題に進展が続いているということですね。

もしかすると$C^\infty $な言葉で書かれたGI(s)の短い証明とか既に存在するんでしょうかね?Bloom氏の2020年のブルバキ講演とか、見た方がいいのかもしれません。Bloom氏の講演はManners氏の結果の紹介ということですが、Mannersはアブストラクトで定量的な評価を与えたのを売りにしています。そのために超準解析も回避したそうです(Green-Tao-Zieglerは超準解析のテクニックを使うんですね・・・)。ページ数は120あって、いずれにしても大変そうです。そしてMannersもリプシッツ定数で議論しているようです。

あと、Green氏が第3回20分あたりで、自分の書いたノートが欲しければメールしてくれと言っていました。