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仕方ないので関数解析

我々はもともと向きづけられたコンパクトな Riemann 多様体 $X$ を考えていたわけですが、Hodgeの定理の証明の中では、各点の小さな近傍をトーラス $(S^1)^n$ の開集合とみなすステップがあります。そこでしばらくトーラス $(S^1)^n$ 上の$C^\infty $級関数のなすベクトル空間などを考えていくことになります。

 

 $\mathcal P$を$(S^1)^n$上の$\mathbb C^m $値$C^\infty $級関数全体のなす$\mathbb C$ベクトル空間とします。これの元のフーリエ級数展開を考えたいです。フーリエ解析の都合上$S^1 := \mathbb R / 2\pi \mathbb Z $としています。

$\phi \in \mathcal P$と$\xi = (\xi _1,\dots ,\xi _n)\in \mathbb Z^n$に対して、フーリエ係数$\phi _{\xi }$を \[  \phi _\xi := \frac{1}{(2\pi )^n}\int \phi (x) e^{-i(x\cdot \xi ) } dx  \] で定義します。$(2\pi )^n$は$(S^1)^n$の体積ですね。

 

解析的な結果の技術的詳細には立ち入りたくないので、次の事実は認める(知っている)ことにします。

定理 $\phi $を$(S^1)^n$上の$C^\infty $級関数とする。

$\phi _\xi \in \mathbb C^m $の大きさは$\xi \in\mathbb Z^n$に伴って次のように速く減衰する:$k>0$を任意に与えるとき、($\phi $の$2nk$階までの微分で決まる)定数$c_k$が存在して \[ | \phi _\xi | \le \frac{c_k}{(1+ |\xi |^2)^k} .  \] (分母で1を足しているのは$\xi =0$の場合を気にしているためで、分母は本質的には$|\xi |^{2k}$です。)

そして、級数$\sum _{\xi \in \mathbb Z^n} \phi _\xi \cdot e^{i(x\cdot \xi )}$は一様絶対収束し、$\phi $に一致する:\[  \phi (x) = \sum _{\xi \in \mathbb Z^n} \phi _\xi e^{i(x\cdot \xi ) } \quad\text{一様絶対収束}. \]

 

2、3の基本的な事項を思い出しておきます。まず、フーリエ係数の理論は$L^2$ノルムと相性が良いのでした。具体的には、$\phi $の$L^2$ノルムと数列$(\phi _\xi )_{\xi \in \mathbb Z^n}$の$l^2$ノルムが等しいです:\[  \Vert \phi \Vert _{L^2}^2 = (2\pi )^n |(\phi _\xi )_\xi | _{l^2}^2 .  \] これは単に級数$\phi = \sum _\xi \phi _\xi e^{i(x\cdot \xi )} $の右辺が正規直交基底になっているというだけのことです。$(2\pi )^n$は$(S^1)^n$の体積です。

$\alpha \in \mathbb N ^n $回微分フーリエ係数は$\phi $のフーリエ係数と関係があるのでした:\[ ( D^\alpha \phi )_\xi = \xi ^\alpha \phi _\xi    \] つまり \[ D^\alpha \phi  = \sum _{\xi \in \mathbb Z^n} \xi ^\alpha  \phi _{\xi } \cdot e^{i(x\cdot \xi )} .  \] ($i$の冪が入っていなくておかしいなあ?と思っていたら、$D^\alpha $の定義が単なる偏微分に$i$の冪を掛けた物でした。)これも単に級数$\phi = \sum _\xi \phi _\xi e^{i(x\cdot \xi )}$の両辺を$x$について$\alpha $回項別微分するだけです。

$\phi _\xi $の減衰具合は知っていたので、$D^\alpha \phi $のフーリエ級数$\xi ^\alpha \phi _\xi $の減衰具合もだいたい把握できていることになります。

 

ソボレフ空間

そこで次の定義に導かれるそうです。

整数$s\in \mathbb Z$に付随するソボレフ空間$H_s$を定義したいので、まずはその容れ物を設定します: \[ \mathcal S := Map (\mathbb Z^n , \mathbb C^m )  \] つまり$\mathcal S$は$\mathbb C$の可算個の直積です。$\mathcal S$の元は$u=(u_\xi )_{\xi \in \mathbb Z ^n} $という記号で書くことが多いです。形式的な級数$u(x)=\sum _{\xi }u_{\xi }e^{ix\cdot \xi }$の形に書くと雰囲気が出るので、こちらも良いですね。

ソボレフ空間$H_s$を次で定義します:\[  H_s := \{ u\in \mathcal S \mid \frac{|u_\xi |^2 }{(1+|\xi |^2 )^s}  < \infty \} .  \] お察しの通り、カッコ内の量(の平方根)はs次Sobolevノルムと言います。また、$H_s$の2元$u,v$の内積を$\langle u,v\rangle _s := \sum _{\xi } \frac{u_\xi \cdot v_\xi }{(1+|\xi |^2 )^s}$で定義します。分子の内積は$\mathbb C^m $の標準的なHermite内積です。

$s$が大きくなるほど収束の条件は厳しくなっていくので、ソボレフ空間$H_s$は減ります。聞くところによると、$H_s$の元であることとフーリエ級数$\sum _\xi u_\xi e^{i(x\cdot \xi )}$が$C^s$級であることが緩く関係しているそうです。$H_s$が小さくなっていくという事実を忘れそうになったら、このことを思い出してください。

上の定理の中の$\phi _\xi $の減衰具合により、すべての$s\in \mathbb Z$に対して$\mathcal P\subset H_s$が成り立ちます。さらにこれは$H_s$ノルムに関して稠密です。任意の元$(u_\xi )_\xi \in H_s $に対して、フーリエ級数$\sum _{\xi } u_\xi e^{i(x.\xi )}$を有限個で打ち切った物を考えれば、有限和は$\mathcal P$の元だから、という理由だそうです。

 定理

上の内積に関して、$H_s$はHilbert空間をなす。

 

証明は数列の$l^2$空間の場合と同じだそうです。$l^2$空間のときの証明はもちろん自力では復元できませんが、数学徒の常識なので、受け入れない理由はありません。

証明をちょっとだけ思い出しておくと、Cauchy列$u^{(1) } , u^{(2)}, \dots $が与えられた時に、各$\xi $に対して、第$\xi $成分のみを見た列$u_{\xi} ^{(1)} , u_\xi ^{(2)}, \dots $もCauchy列をなしていて、ある値に収束することがわかります。これを$u_\xi $とおきます。すると、ベクトル$( u_\xi )_\xi $もまた$H_s$の元であることが計算できて、しかも列$(u_\xi ^{(n)} )_\xi $ $n=1,2,\dots $がこれに収束することがわかるのでした。

 

$C^\infty $級関数の集合$\mathcal P $は、フーリエ係数によって$\mathcal S$の部分空間とみなせます。そして微分$D^\alpha $はフーリエ係数の$\xi ^\alpha $倍として反映されるのでした。そこで$\mathcal S$上でも微分$D^\alpha $を$\xi ^\alpha $倍写像として定義してしまうことにします: \[ \begin{array}{ccc} \mathcal P & \xrightarrow{D^\alpha } & \mathcal P \\ \cap  && \cap  \\ \mathcal S & \dashrightarrow & \mathcal S \\ (u_\xi )_\xi &\mapsto & (\xi ^\alpha u_\xi )_\xi   \end{array}  \] 弱微分というそうです。

 

$H_s$ノルムと微分可能性

定理(ソボレフの補題

1. $t\ge [n/2 ]+1$が整数で$u\in H_t$のとき、級数$\sum\limits _{\xi\in\mathbb Z^n} u_\xi e^{i(x.\xi )} $は一様収束して連続関数となる。

2. $m\ge 0$, とし$\alpha $を$|\alpha |\le m $を満たす多重添字とする。$t\ge [n/2] + m+1$が整数で$u\in H_t$のとき、$D^\alpha u$に対応する級数$\sum\limits _\xi \xi ^\alpha u_\xi e^{i(x.\xi )}$は一様収束する。

とくに、$u$に対応する級数は$C^m $級関数を定める。

 

1の証明は、収束させたい無限和$\sum\limits _\xi |u_\xi |$をCauchy-Schawartzの不等式でテクく抑えて \[  \le (\sum _{\xi \in \mathbb Z^n} (1+|\xi |^2 )^{-t/2} )\cdot \Vert u \Vert _{H_t}  \] とし、積の第1項の収束条件が、次元$n$に依存して記述できていた(ゼータ関数などでもおなじみ)ことを用いるだけです。

2は1の系です。

証明は他愛ないですが、$H_t$ノルムで$t-[n/2]-1$回連続微分可能性が判定できるという、ありがたい定理です。

 

 

次の記事では、包含$H_t\subset H_s$がコンパクト作用素であるというレリッヒの補題を見ます。

Hilbert空間の間のコンパクト作用素とは、定義域の有界な列が、終域の中で必ず収束部分列を持つ(=全有界である)ことです。いくつかの同値な定義が知られています。たとえば定義域に弱位相を入れて、終域にはノルムの位相をそのまま考えた時に、連続写像であるということと同値だそうです。像が有限次元であるような有界作用素の極限(作用素ノルムに関する)であるような作用素と言っても同じになるそうです。「有界$\Rightarrow $収束」というタイプの主張は、前の記事でHodge分解を示す鍵だとご説明したので、いかにも重要そうだとわかると思います。