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スター作用素

このシリーズではRiemann多様体(コンパクトで向き付き)のde Rhamコホモロジー群が、調和形式のなすベクトル空間と同型であるというHodgeの定理を目標にします。本間泰史氏の講義ノートに概ね基づいています。http://www.f.waseda.jp/homma_yasushi/homma2/download/hodge-kougi.pdf

 

Hodge分解はKähler多様体に関する定理ですが、Kähler多様体には、向きのついたRiemann多様体の構造が自然にあり、話の一定の部分はRiemann構造だけに依存して展開することができます。そこで、まずはRiemann多様体の構造だけからできることを論じたいと思います。

ベクトル空間の場合 

Riemann多様体の場合

整合性を少々

この記事で説明したいのは次のことです。

 $V$を、正定値内積と向きの入った$n$次元実ベクトル空間とするとき、各正整数$p\ge 0$に対して、スター作用素 \[
\ast \colon \Lambda ^p V \xrightarrow{\cong } \Lambda ^{n-p} V
\] が定まる。

 

 

ベクトル空間の場合

Vを正定値内積の入った有限次元の実ベクトル空間とします。つまり線形写像 \[
\langle \bullet , \bullet \rangle \colon V\otimes V \to \mathbb R
\] であって、対称かつ、$\langle v,v\rangle >0$が$v\neq 0$に対して成り立つようなものが備わっています。あとでVには向きも入っていることにします。

このとき全ての次数pに対して、外積$\Lambda ^p V$に以下のように自然に正定値内積が入ります。与えたい写像は \[
(V\Lambda \cdots \Lambda V )\otimes (V\Lambda \cdots \Lambda V) \to \mathbb R 
\] ですが、これは線形写像 \[
V\Lambda \cdots \Lambda V \to (V\Lambda \cdots \Lambda V)^*
\] を与えることと同じです。右辺は$V^* \Lambda \cdots \Lambda V^*$に外なりません。そこで、既に持っている写像$V\to V^*$をp個ウェッジすれば欲しい写像が得られます。対称性と正定値性のチェックは難しくはないはず・・・。

これを各次数に行うことで、外積代数$\Lambda ^*V:=\bigoplus\limits _{p\ge 0} \Lambda ^p V$にも正定値内積が入ります。もちろん異なる次数の空間どうしは直交するとしています。

 

さてVには向きも入っていることとします。実ベクトル空間の向きは、基底を一つとって、それが正の向きの基底であると宣言することで定まるのでした。外積の言葉を使って、ややカッコいい言い方をすると以下のようになります。Vがn次元とすると、$\Lambda ^n V$は1次元実ベクトル空間になります。線型同型$\Lambda ^n V\cong \mathbb R$全体のなす集合に、正の実数全体のなす群が作用しています。その軌道(ふたつある)をひとつ選んぶのが向きを指定することと同じです。

今回は$\Lambda ^n V$には正定値内積が入っていたので、同型$\Lambda ^n V\cong \mathbb R$が長さを保つという条件を課せば同型のチョイスは始めからちょうど2つになります。このどちらかを選んだことにしましょう。

 

いま外積代数に入っている積構造を用いて、正整数pに対して、ペアリング \[
\Lambda ^p V \otimes \Lambda ^{n-p} V \to \Lambda ^n V \cong \mathbb R
\] を考えることができます。簡単な一般論により、これは両方の項に関して非退化です。そこで線型同型 \[
\Lambda ^p V\xrightarrow{\cong } (\Lambda ^{n-p}V)^* 
\] を得ます。右辺はVに入った正定値内積により$\Lambda ^{n-p} V$との同型があります。すべて合わせると、線型同型 \[
\ast \colon \Lambda ^p V \xrightarrow{\cong} \Lambda ^{n-p} V
\] を得ます。この写像$\ast $をスター作用素と呼んでいるようです。以上の内容をまとめましょう:

 $V$を、正定値内積と向きの入った$n$次元実ベクトル空間とするとき、各正整数$p\ge 0$に対して、スター作用素 \[
\ast \colon \Lambda ^p V \xrightarrow{\cong } \Lambda ^{n-p} V
\] が定まる。

 

Riemann多様体の場合

締めくくりに、Riemann多様体$ M $の場合にこの構成がどう役立つかを少しだけ説明します。そのためには、上の内容を、$\mathbb R$係数の代わりに、関数の環$C^\infty (M)$係数で考えるとよいです。

上の内容は、じつは$\mathbb R$係数でなく一般の可換環$R$上の階数$n$の射影加群$V$に対して次の形で成り立ちます。すなわち

 $V$を、可換環$R$上の階数$n$の射影加群とする。非退化双線型形式$V\cong V^*$と向き$\Lambda ^n V\cong R$が与えられているとする。このときスター作用素 \[
\ast \colon \Lambda ^p V \xrightarrow\cong \Lambda ^{n-p} V
\] が定義できる。

これを射影的$C^\infty (M)$加群である、接束$T(M)$や余接束$T^*(M)=\Omega ^1(M)$に適用します。向きは、向き付きのRiemann多様体において定義できる、いわゆる体積形式$vol \in \Omega ^n(M)$で与えられます。これで、例えば$\ast \colon \Omega ^p(M)\to \Omega ^{n-p}(M)$が定義できました。 

 

整合性を少々

あとで必要らしいので、仕方なく少々の整合性の式を書いておきます。

まず、スター作用素を2回施すと、$\Lambda ^p V \to \Lambda ^{n-p} V \to \Lambda ^p V$と、同じベクトル空間に戻ってきますが、これについて

$  \ast \circ \ast = (-1)^{p(n-p)} . $

 証明. 次の、一見可換な図式があります。横向きの写像は、外積代数の積構造から得られていたものです。縦向きの写像はVの正定値内積から得られるものです。 \[  \begin{array}{ccc}
\Lambda ^p V &\to & (\Lambda ^{n-p} V)^* 
\\
\sim || && ||\sim 
\\
(\Lambda ^{p}V)^* &\leftarrow & \Lambda ^{n-p}V 
\end{array} \] ところがこれは実際は $(-1)^{p(n-p)}$ 倍のずれがあります。その理由は、上の水平な矢印は積構造 $\Lambda ^p V \otimes \Lambda ^{n-p} V \to \Lambda ^n V$ から得られているのに対して、下のものは左右が逆な $\Lambda ^{n-p} V \otimes \Lambda ^p V \to \Lambda ^n V$ から得られているからです(下の写像を考える際は $\Lambda ^{n-p} V$ が主人公となるため)。この二つの写像は、もちろん左右の成分の交換に対する整合性を持っていますが、その際に符号が現れます:\[  \begin{array}{rrc}
\Lambda ^p V \otimes \Lambda ^{n-p} V \\
& \searrow  \\
(-1)^{p(n-p)}\cdot (\text{交換})  \ |\ \sim &&\Lambda ^n V \\
& \nearrow \\
\Lambda ^{n-p} V \otimes \Lambda ^p V &
\end{array} \] これで主張が証明できました。◼️