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Steenrod 篇:§12. 双対 Steenrod 代数つづき

この記事では \( A_{*,*} \) の余積をかんたんに説明します。

 

      非可換な場合のペアリングの定義 

     モチビック双対 Steenrod 代数の余積

まずは、最も簡単な、可換環の場合を先に少し復習します。\( k\) を可換な基礎環とし、\( A^* \) を \( k\) 上の次数付き環とします。各 \( A^i \) は \( k\) 加群として有限生成かつ自由としましょう。このとき \( A^* \) の次数付き双対を、\( A_i:=\mathrm{Hom}_k(A^i,k) \) で定義します。あとで非可換な場合も考えたいので、ここでの Hom は左 \( k\)-加群としての構造についてとっているものとします。

 \( A^* \) の環構造 \( \bigoplus\limits _{i+j=n}A^i\otimes _k A^j \to A^n \) の \( k \)-線型双対をとると、\( A_*\) の余積が誘導されます:\[ A_n\to \bigoplus _{i+j=n} A_i\otimes _k A_j . \] このストーリーを、\( H^{*,*}(k) \) 上の環である \( A^{*,*}\) に適用したいです。

 いまの議論では、\( k\) が可換であり、構造射 \( k\to A^*\) が \( A^*\) の中心に入るという事実を暗に使っていることを意識しておきましょう。具体的には、同型 \[  (A^i\otimes _k A^j )^\vee \cong A_i\otimes _k A_j   \] にです。じっさい、右辺と左辺の「自然な」ペアリングとして思い浮かぶもの:\[\begin{array}{ccc}
(A_i\otimes _k A_j)\times (A^i\otimes _k A^j) &\to &k  \\
(f\otimes g,x\otimes y) &\mapsto & f(x)g(y) 
\end{array}\] は、何故 well-defined でしょうか? もしも \( A^{*}\) の左 \( k\)-構造と右 \(k\)-構造が異なっていたら、この写像が \( x,y \) について \(k\)-双線型であることが言えるでしょうか?

 ためしに、\( a\in k \) とし、上の式で  \(x\) を右から \( a\) 倍したものと \( y\) を左から \( a\) 倍したものを比べてみると、\[  f(xa)g(y)\overset{?}{=} f(x)a g(y) \] となります。\(f\) は左 \(k\)-線型写像 \( f\colon A^i\to k \) ですが、右構造に対してはアプリオリには何の整合性も持ちません。 さらに、\( x,y \) の双線型性に加えて、\( f\) と \( g\) に関する \( k\)-双線型性も、じつはけっこう問題です。

 

非可換な場合のペアリングの定義 

  というわけで、そもそも、\(k\) が \( A^*\) の中心に行っていないときには、ペアリングの定義を若干工夫しなければならないことがわかります。\( f\) の右 \( k\)-線型性が問題にならないように、しかし慣れ親しんだ場合には、慣れ親しんだ定義を復元するように式を書く必要があります。正解を書いてしまうと、\[ \begin{array}{ccc}
(A_j\otimes _k A_i)\times (A^i\otimes _k A^j)&\to & k \\
(  g\otimes f , x \otimes y ) &\mapsto & f\bigl( x \cdot g ( y ) \bigr) \end{array} \] ならばうまくいくことがわかります。\( A_i \) と \( A_j\) をテンソルする順番を入れ替えたことに気をつけてください。これによって \( f \) の左構造と \( g\) の右構造について、写像が \( k\)-双線型です。\( f \) と \( g \) について非対称なのがきもちわるいかもしれませんが、これは \( f\) と \(g\) が \( k\)-線型写像だと仮定している非対称性に由来します。

 ちなみに、非可換の場合には、左加群の Hom 集合は右から作用していると見るのが自然だったので、ペアリングを \( \langle  x\otimes y, g\otimes f \rangle := \bigl\langle x\cdot \langle  y,g  \rangle ,\  f \bigr\rangle \) と書いてもよいです。

 公式として囲っておきます。

公式:

\( k\) を環とし、\( A \) を両側 \( k\)-加群とする。その左 \(k\)-双対を \( A^\vee := \mathrm{Hom}_{\text{左}k} (A,k) \)  とおく。 これには \( k\) 自身の右構造からくる右 \( k\)-加群構造と、\(A \) の右構造からくる左 \(k\)-構造がある。\( B\) を第二の両側 \(k\)-加群とする。

 この記号のもと、次のペアリングは well-defined であり、\[ \begin{array}{ccc}
(B^\vee \otimes _k A^\vee ) \times (A\otimes _k B) &\to & k \\
(g\otimes f , x\otimes y) &\mapsto & f\bigl(  x \cdot g (y)\bigr)
\end{array}\]  \( B^\vee \) の左構造と \( B\) の右構造に関して \( k\)-双線型である。\( k\) が可換と仮定すると、\( A^\vee \) の右構造と \( A\) の左構造に関しても双線型である。

Voevodsky 論文 p.48 に書かれている convention とは左右が逆ですが、 理にかなっているのはこちらだと思います。幸いに、\( H^{*,*}(k)\) は (次数) 可換環なので、困ったとしたら左右の構造を恣意的にとりかえて辻褄を合わせようと思います。

 

モチビック双対 Steenrod 代数の余積

以上の一般論を、基礎環 \( H^{*,*}(k)\) と両側加群 \( A^{*,*}\) に適用すれば一丁あがりです。一般論により、われわれはペアリング \[ (A_{*,*}\otimes _{H^{*,*}}A_{*,*} )\times (A^{*,*}\otimes _{H^{*,*}(k)} A^{*,*} ) \to H^{*,*}(k)   \] を手にしています。その随伴として \[
A_{*,*}\otimes _{H^{*,*}(k)} A_{*,*} \xrightarrow{\cong } (A^{*,*}\otimes _{H^{*,*}(k)} A^{*,*})^\vee 
 \] を得ます。これは両辺の左構造についても右構造についても \(k\)-線型であることが、「公式」で述べた \(k\)-双線型性からわかります。随伴として得た写像が同型であるのは、\( A^{*,*}\) が \( H^{*,*}(k)\) 上自由 (で次数が局所有限な感じでバラけている) からです。これに、\( A^{*,*}\) の積構造の左 \( H^{*,*}(k)\) 双対 \[
A_{*,*}\to (A^{*,*}\otimes A^{*,*})^\vee 
\] を pre-compose すれば、\( A_{*,*}\) の余積構造を得ます:\[ 
\psi _{*}\colon\quad A_{*,*} \to (A^{*,*}\otimes _{H^{*,*}(k)}A^{*,*})^\vee \xleftarrow{\cong }A_{*,*}\otimes _{H^{*,*}(k)} A_{*,*} 
 \] これは環準同型であることが判明するので、\( \psi _*\) は \( \xi _k\) と \( τ_k \) の行き先で特徴づけられます。次の補題は Voevodsky の論文から写しているので、左右の convention はこの記事で説明しているのとは逆です。が、古典的 Steenrod 代数での伝統もあるので、ここはそのままにするしかないと思われます。(古典論では \(H^*(pt)=\mathbf{Z}/2\) 上の代数には左右の区別がありませんでしたので、線型双対をとる際に、本記事冒頭のように \( (A^i\otimes A^j)^\vee \cong A_i\otimes A_j \) としてよかったのです。Milnor の論文 p.151 でペアリングの符号の convention についてちょっとした注意が書いてありますが、これはこの辺りの事情の反映ではないかと思います。) 

補題:

\[  \psi _* (\xi _k) =
\xi _k\otimes \mathrm{id}+ \xi _{k -1}^2\otimes \xi _1 +\dots + \xi _1^{2^{k -1}}\otimes \xi _{k -1}+\mathrm{id}\otimes \xi _k   \]

これが正しいのは、双対の \( A^{*,*} \) において \[ 
Sq ^{(2^{k},\dots ,2^{i+1})} \circ Sq^{(2^{i},\dots ,4,2)} = Sq^{(2^{k},\dots ,4,2)}
\] が成り立つから、ということになります。

 補題:

\[\begin{array}{rcl} \psi _*(τ_k)&=&  τ_k\otimes \mathrm{id} \\
&&+\xi _k \otimes τ_0 + \xi _{k -1}^2\otimes τ_1 +\dots +\mathrm{id}\otimes τ_k . 
\end{array}\]

こちらは、\( A^{*,*}\) において \[ 
Sq ^{(2^k,\dots ,2,1)}=Sq^{(2^k,\dots ,2^{i+1})}\circ Sq ^{(2^i,\dots ,2,1)}
\] が成り立つからということになります。

 

今日はこのへんで。