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Steenrod篇:§10. 古典的 Adem 関係式のしめくくり

 

問題設定

ここでは、任意の可換環 R と、t を先頭項に持つ冪級数 \[  τ = t + c_2t^2+c_3t^3 \cdots \in R [ [ t ] ]  \] に関して、基底変換からくる同型 \( R[ [t ] ][ \frac 1 t ] dt \cong R [ [τ ] ][ \frac 1 τ ] d τ \) と留数をとる写像が可換ということを示します:

\[ \begin{array}{ccc} R[ [t ] ][ \frac 1 t ] dt & \cong & R[ [τ ] ][ \frac 1 τ ] d τ\\ {}_{\operatorname*{Res}\limits _{t=0}}\searrow &\circlearrowleft& \swarrow {}_{\operatorname*{Res}\limits _{τ=0}} \\ &R & \end{array} \]

これは Bullett-Macdonald 関係式と Adem 関係式が同値であることを示す最後の代数的な補題でした。加群 M に係数を持つ場合も、M をテンソルすることで同じ事実が成り立ちます。

証明

 τ に関して書かれた微分形式 \[\begin{multline} \omega (τ)=\bigl( a_{-N}τ^{-Ν}+\dots +a_{-1}τ^{-1}+a_0τ+\cdots \bigr) \ d τ \\ \in R[ [ τ] ][ \frac 1 τ ]dτ \end{multline}\] が与えられたとします。これの τ に関する留数は\( {\operatorname*{Res}\limits _{τ=0}}(\omega )=a_{-1} \) です。

 τ を t に関する級数 \( τ(t)\) として書きます。その微分は \( dτ = τ'(t)dt  \) です。これを代入して t に関する式にすると、\( \omega (τ)\) の \( R[ [t] ][ \frac 1 t ]dt\) への像を得ます: \[ \omega (t)=\bigl( a_{-N}τ'(t)τ(t)^{-N}+\dots +a_{-1}τ'(t)τ(t)^{-1}+a_0τ'(t) +\cdots \bigr) \ dt . \]

証明したいのは \( \omega (t) \) の \( t\) について計算した留数が、\( a_{-1} \) に等しいということです。

 ここで、留数をとる写像 \( \operatorname*{Res}\limits _{t=0} \) は R-線型写像なので、和に分けてから計算して良いです。負の次数の項、次数 -1 の項、非負次数の項の 3 種に分けます: \[\begin{array}{rl} \operatorname*{Res}\limits _{t=0}\bigl( \omega (t)\bigr)&= \operatorname*{Res}\limits _{t=0}\bigl( a_{-N}τ'(t)τ(t)^{-N} dt\bigr) +\cdots \\ {} \\
&+\operatorname*{Res}\limits _{t=0}\bigl( a_{-1}τ'(t)τ(t)^{-1} dt\bigr) \\ {} \\
&+ \operatorname*{Res}\limits _{t=0}\bigl( \{ a_{0}τ'(t)+a_1τ'(t)τ(t)+\cdots \} dt\bigr) \end{array}\]

非負次数の項

\( τ(t)\) は t について 1 次の項から始まるので、最後の項には明らかに \( t^{-1}dt \) の項が現れようがありませんから、値は 0 です。

次数 -1 の項

中央の項は、具体的に級数の低次部分を計算 \[\begin{array}{rcl} τ(t)^{-1}&=&t^{-1}(1+c_2t+\cdots )^{-1}=t^{-1}(1-c_2t+\cdots )  \\ τ'(t)&=&1+2c_2t+\cdots  \end{array} \] することで、 \[ a_{-1}τ'τ^{-1}dt = a_{-1}t^{-1}(1+c_2t+\cdots )dt \] と計算できるので、\( t^{-1}dt \) の係数を読み取ることで \[ \operatorname*{Res}\limits _{t=0}(a_{-1}τ'(t)τ(t)^{-1} dt)=a_{-1} \] です。

負 \(< -1\) の次数の項

 初めの項ども \( a_{-j}\frac{τ'(t)}{τ(t)^j}dt \) (\( 2 \le j\le N \)) の留数は、複素解析での様子を思い出すと、任意の関数 τ に対して 0 になっているべきです。じっさい、環 R の中で \( j-1 \) が可逆ならば、\[ \frac{τ'(t)}{τ(t)^j}dt=\frac{1}{j-1}d\left( \frac{1}{τ(t)^{j-1}}\right) \] という風に完全形式になっており、任意の冪級数 \( f(t)\in R[ [t] ] [\frac{1}{t}]\) に対して \( df(t)=f'(t)dt \) には \( t^{-1}dt \) の項が現れないので、留数が 0 とわかります(t に関する級数として書き下してみよう!)。

 R の中で \( j-1 \) が必ずしも可逆でない場合は、同じ議論がそのままできるわけではありません。しかし、留数が 0 であるという主張に関しては、次のような驚きの議論により、正しいことが証明できます。

 \( \tilde{R}=\mathbf{Z}[  C_{2},C_3,\dots   ] \) という大きな環を考え、\[ \tilde{τ}:=t+C_2t^2+C_3t^3+\cdots \in \tilde{R}[ [ t] ] [\frac 1 t ] \] という微分形式を考えます。\( C_i \) を \( c_i \) に送ることにより、環準同型 \[ \tilde{R}\to R \] が定義され、\( \tilde{τ} \) は τ に写ります。留数は環 R に関して関手的にふるまうので、次の微分形式 \[ \frac{\tilde{τ}'(t)}{\tilde{τ}(t)^j}dt  \quad \in \quad \tilde{R}[ [t ] ] [\frac 1 t ] dt \] の留数が \( j\ge 2 \) に対して \(0\in \tilde{R}\) なら良いです。が、\( \tilde{R} \) から \( \mathbf{Q} [  C_2,C_3,\dots  ] \) に単射がありますので、\( \tilde{R} \) の中での等式を示すには \(\mathbf{Q} [  C_2,C_3,\dots  ]\) で示せれば十分です。この最後の環の中で \( j-1 \) は可逆なので、主張がなりたつことは上で既に確認しました。これで証明が完了です。■

 

  このように、与えられた環の中では簡単に証明できない主張でも、\( \mathbf{Z} \) 上の多項式環などに帰着できると簡単に証明できてしまうことがあります。正標数では整数による割り算が通常はできないですが、問題を \( \mathbf{Z}\) に持ち上げて \( \mathbf{Q}\) 係数の環に行ければ自由に割り算できます。主張を十分一般化したご利益です。

 

次の記事でモチビックな Adem 関係式の導出をします。§7 の対称性定理が重要なインプットです。

 が、ちょっと Adem 関係式には疲れてしまったので、いったん §11 に進むかもしれません。