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無限圏概観:単体的脈体関手

この一連の記事では、K理論の方面で基本的となっている Blumberg, Gepner, Tabuada の論文「A universal characterization of higher algebraic K–theory」に必要な無限圏の知識をまとめていっています。

 

無限圏 (∞-category) の定義の動機づけは、日本語でもオンラインで色々な人が書いているので、それに譲ることにします。

定義 標準的 $n$ 単体 ($n\ge 1$) の第$k$角笛 (horn; $0\le k\le n$) を、その境界 $\partial \Delta ^n $ から $k$ 番目の面を取り除いたものと定める。

 

f:id:motivichomotopy:20190401164210j:plain  $\Delta ^2$

f:id:motivichomotopy:20190401164355j:plain $\Lambda ^2_1$. 1 の対岸が抜けている。

f:id:motivichomotopy:20190401164459j:plain $\Delta ^3$. これの第$k$角笛$\Lambda ^3_k$は、頂点$k$の対岸の面が抜け、「とんがりコーン」のようになったもの。

定義 単体的集合 $X= \{ X_n \} _{n\ge 0}$ が (Lurieの意味の) 無限圏であるとは、任意の $n\ge 1$ と $1\le k \le n-1 $ と、次の形の可換図式に対して、\[\begin{array}{ccc}
\Lambda ^n_k &\xrightarrow{\forall } & X \\
\downarrow && \downarrow \\
\Delta ^n &\to & *
\end{array}\] これを可換にする単体的集合のナナメの写像 $\Delta ^n \dashrightarrow X$ が存在することです。

 

定義 無限圏から無限圏への射 (写像、関手とも) とは、単体的集合としての写像と定める。

このようにアッサリと無限圏のなす圏 $Cat _\infty $ が作れました。(少なくとも、高次圏でない通常の圏の意味で。)

 

射の持ち上げで定義されているので、無限圏の概念が、単体的集合の圏の或るモデル構造に関するfibrantな対象に一致していると期待するのは無理なことではありません。このようなモデル構造は存在し、 Joyal モデル構造と言います。Cofibrations は通常の意味の単射ですが、弱同値と fibrations の定義が若干ややこしいです。いずれにせよ、モデル構造があるわけですから、無限圏に興味がある場合でも、単体的集合全体の圏 $Set _{\Delta }$ を考える方がホモトピー論的に便利な場面は多々あります。

 さて、弱同値とfibrationはややこしいと書きましたが、無限圏どうしのfibrationに限定すれば、簡潔に言い表せます。

定義 無限圏どうしの写像 $f\colon X\to Y$ が quasi-fibration であるとは、次の図式で ($1\le k \le n - 1$):\[\begin{array}{ccc}
\Lambda ^n_k &\xrightarrow{\forall } & X \\
\downarrow && \downarrow f \\
\Delta ^n &\to & Y
\end{array}\] 図式を可換にする $\Delta ^n \to X$ が存在し、かつ、任意の点 $b\in X$ と $Y$ の中の擬同型 $a\to f(b)$ に対して、これを持ち上げる $X$ の中の擬同型 $\tilde{a}\to b$ が存在することである。

 

f:id:motivichomotopy:20190401231325j:plain詳しくは、nLabに譲ります。

 

定義 単体的圏$\mathcal{C}$とは、単体的集合の圏に豊穣化された圏である。

これはすなわち、通常の圏と異なり、射のデータとして与えられているのが:

・対象 $a,b$ に対して「$a$から$b$への射の空間」$\mathcal{C}(a,b)$;

・「恒等射」$* \to \mathcal{C}(a,b)$;

・「射の合成」$\mathcal{C}(b,c)\times \mathcal{C}(a,b)\to\mathcal{C}(a,c)$でいろいろの整合性を満たすもの

 だということです。どうしても避けられない場合を除き、対象のあつまりは、集合であるということにしましょう。

 単体的圏のあいだの関手とは、「対象の集合」間の写像と、「射の空間」のあいだの写像のデータの組です。これで (小さな) 単体的圏のなす圏 $Cat_{\Delta }$も一応定義できました。技術的な理由により、「射の空間」$\mathcal{C}(a,b)$が常にKan複体であるような単体的圏に興味を限定する場合があります。これは実は、或るモデル構造に関するfibrantな対象のみを考えていることになっているそうです。

 

単体的脈体関手

無限圏と単体的圏の世界は次のように関係がつけられます。(Lurie HTT §1.1.5) \[\tag{無限圏と単体的圏}
\bigl( Cat _{\infty} \subset \bigr) Set _{\Delta } \underset{N}{\overset{\mathfrak{C}}{\rightleftarrows}} Cat _{\Delta }
\]$\mathfrak{C}$が左随伴で、$N$が右随伴です。この $N$ が、タイトルにしてある単体的脈体関手です。通常の圏を$N$に代入すれば、いつもの脈体が出てくる仕組みになっているのですが、単体的圏を代入して意味のあるものを得るためには、以下の定義が要ります。

  定義の順序としては、$\mathfrak{C}$をまず構成します (ドイツ文字の C です)。標準的単体$\Delta ^n$の値$\mathfrak{C}(\Delta ^n)$を定めたら、あとは任意の単体的集合を標準的単体の図式の順極限として書いて、(1-圏としての) $Cat _{\Delta }$の中で極限を取れば$\mathfrak{C}$が$Cat _\infty $全体で定義できます。

 $N$はその随伴として構成します。

定義 $J$を空でない有限全順序集合とする。単体的圏$\mathfrak{C}(\Delta ^J)$を次で定義する。

・対象の集合は、集合としての$J$に等しい。

・対象$i,j\in J$の間の「射の空間」は、次の順序集合$P_{i,j}$の脈体とする($i>j$の場合は空集合とする):\[  P_{i,j}= \left\{ I  \middle\vert
\{ i,j\} \subset I \subset \text{区}\text{間} [i,j]
\right\} \]

・射の合成は、順序集合の写像 $P_{j,k}\times P_{i,j}\to P_{i,k}$ から誘導されるものとする。この写像は、暗算でどんな写像になるべきか分かるはずなので、少し立ち止まって考えてみてほしい。

f:id:motivichomotopy:20190401224719j:plain $P_{i,j} $ の元のひとつ。$P_{i,j}$は「$i$から$j$への経路の空間」と思ってよい。

 順序集合$P_{i,j}$は、空でない場合は、最大限も最小限も両方持ち、その脈体は余裕で可縮です。

 というわけで、単体的脈体関手 $N\colon Cat _{\Delta }\to Set _{\Delta }$ は明示的には、公式 \[
\text{圏} \mathcal{C} \mapsto \text{単体的集合} \{  Hom (\mathfrak{C}(\Delta ^n), \mathcal{C} )  \} _n 
\] で与えられます。「Hom」は、単体的圏どうしの狭義の関手の集合を指します。

命題 $\mathcal{C}$が、「すべての対象$a,b$に対して、射の空間$\mathcal{C}(a,b)$がKan複体」という性質を満たすとき、$N(\mathcal{C})$は無限圏である。

これは Lurie の命題1.1.5.10ですが、そこの証明が十分クリアなので、ここでは以下のことのみ注意しておきます。無限圏の概念の定義から、角笛の包含写像 $\Lambda ^n_k \subset \Delta ^n$ に $\mathfrak{C}$ を施したものを考えなければならなくなるのは驚くにあたりません。$\mathfrak{C}(\Lambda ^n_k) $ がどのようなものか考えてみましょう ($1\le k\le n - 1 $)。これは順極限で定義すると先ほど述べました。この場合は、射の空間$\mathfrak{C}(\Lambda ^n_k )(i,j)$は具体的には次の極限です($i\le j$ としましょう):\[
\varinjlim _{i,j,k\in I\subsetneq [ n ] } \mathfrak{C}(\Delta ^I) (i,j) .
\] ここで $I $ は、$[ n ] $ の部分集合で $i,j,k $ すべてを含むものを亘っています。$i,j,k$ をすべて含む区間 ${I} _ 0$ が $[ n ] $ 全体に一致しないとき、添字 $I $ は ${I} _ 0 $ になれます。このとき $\mathfrak{C}(\Delta ^{{I} _ 0 }) (i,j ) $ は既に $\mathfrak{C}(\Delta ^n)(i,j) $ に等しいので、$\mathfrak{C}(\Lambda ^n_k )(i,j)\subset\mathfrak{C}(\Delta ^n)(i,j) $ は実は等式です。

 $\tilde{I}$ が $[n] $ 全体に一致してしまうのは、$i=0 $ かつ $j=n$ のときのみです。この場合は包含 \[
\mathfrak{C}(\Lambda ^n_k )(0,n)\subset\mathfrak{C}(\Delta ^n)(0,n)
\] の両辺は何でしょうか。右辺は、順序集合 \[
P_{0,n} = \{ J\mid \{ 0,n \} \subset J \subset [n] \} 
\] の脈体ですが、$P_{0,n}$ は集合 $\{ 1,\dots ,n - 1 \} $ の冪集合にほかなりません。その脈体は $n - 1 $ 次元立方体です。

 冪集合の元 $S\subset \{ 1, \dots ,n-1 \} $ のうち、いかなる $\mathfrak{C}(\Lambda ^n_k ) (0,n)$ に含まれないのは、$\Delta ^n$ の「内部」にあたる $S=\{ 1,\dots ,n- 1 \} $ 全体と、$\Delta ^n$ の第$k$面にあたる $S=\{ 1,\dots ,n - 1 \} - \{ k\} $ だと判明します。これは立方体の「内部」と面を1つ取り除くことにあたります。取り除いて残った「箱」のようなものを立方体に入れる包含写像は自明cofibration なので、Kan複体と相性がいいです。こうして証明が回ります。◼️

 

単体的集合$S$が無限圏でも、単体的圏$\mathfrak{C}(S)$が「射の空間がつねにKan複体」という性質を満たすとは限らないようです。仕方がないので、それぞれの射の空間の幾何的実現をとり、その特異単体複体をとるなどして、Kan複体になるように修正します。この修正を施しておくと、図式 ($\text{無限圏と単体的圏}$) が実現します。この辺りをスッキリ表現するには、やはり「射の空間」が位相空間である「位相圏」の概念を準備し、随伴の合成

$\bigl( Cat _{\infty} \subset \bigr) Set _{\Delta }\rightleftarrows Cat _ {\Delta } \rightleftarrows Cat _ {Top}$ 

を考えて、右側の二者の比較と、両端の比較に帰着すべきであるようです。私のような者は simplicial set は好きでも位相空間の圏はちょっと怖いので、ちょっと残念ですね。詳細が気になる場合は Lurie の本を見てみてください。

 

幾何的実現を挟むと射の空間が大きくなりすぎてしまうので、組合せ論的に定義されていてKan複体であるような定義があると便利です。これは Lurie の本の §1.2.2 で行われているようですが、その具体的な構成が必要になるまではスルーしておきます。

 

 

今日はこのあたりで。