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Steenrod 篇:§6前半. \( B\mu _l\) のコホモロジー


§6 ではモチビック・コホモロジー \( H^{p,q}(B\mu _l ,\mathbf{Z}/l ) \) と \( H^{p,q}(BS_l ,\mathbf{Z}/l) \) の計算をしています。のちの応用で重要なのは \( BS_l \) の方ですが、証明には \( B\mu _l \) への帰着を多く使います。(1 の原始 \( l\) 乗根が存在するところまで体拡大し、原始根のチョイスできまる写像 \( B\mu _l\to BS_l \) を使う。)

  下ではわざわざ断りませんが、実際には任意のスムーズスキーム X に対して \( H^{p,q}(X\times B\mu _l ,\mathbf{Z}/l ) \) と \( H^{p,q}(X\times BS_l ,\mathbf{Z}/l) \) が同様に記述できます(証明も同じ)。

また、Milnor 予想では \( l=2 \) を扱うので、途中からこの場合に限定して書いていきたいと思います。この場合はもちろん \( \mu _2=S_2=\{ \pm 1 \} \) です。

 

スキーム \( B\mu _l \) の具体的計算 Thom同型を適用 基底の記述

  

\( B\mu _l \) の構成に際して忠実な \( \mu _l \) 表現を選ぶ必要がありますが、ここでは通常のスカラー倍による1次元表現 L をとります。つまり、\( \zeta\in \mu _l \) は 1 次元ベクトル空間 L に \( \zeta \) 倍で作用させます。 

 

スキーム \( B\mu _l \) の具体的計算

コホモロジー計算の第一歩は、つぎの(indスキームの)同型です [Reduced operator, Lem.6.3]。ここで、ベクトル束 \( V\to X\) に対して、同じ記号でその全空間 \( Spec (\mathrm{Sym}_{\mathscr{O}_X}(V^*) ) \) を、 z(-) はベクトル束の零切断を表します。

\[ B\mu _l = \mathscr{O}_{\mathbf{P}^{\infty }}(-l)-z(\mathbf{P}^{\infty }) . \]

証明. \( V^n\) のうち \( \mu _l\) が自由に作用する開集合は、原点を除いた部分 \( \mathbf{A}^n - \{ 0\} \) です。空間 \( \mathbf{A}^n - \{ 0\} \) が標準的射影 \( (\mathbf{A}^n - \{ 0\} )\to \mathbf{P}^{n-1} \) を通して

\[ \mathscr{O}_{\mathbf{P}^{n-1}}(-1)-z(\mathbf{P}^{n-1}) \tag{*} \] に等しいという基本的事実が鍵です(これは下で確認します)。これを \( \mu _l \) による作用で割ります。\( \mathbf{G}_m/\mu _l \) は \( l\)  乗写像を通して \( \mathbf{G}_m\) に再び同型であることから、商はちょうど

\[ \mathscr{O}_{\mathbf{P}^{n-1}}(-\ell )-z(\mathbf{P}^{n-1}) \] になります。

さて、スキーム (*) との同一視ですが、射 \( (\mathbf{A}^{n-1}-\{ 0\} ) \to \mathbf{P}^{n-1} \) は、原点まで射を延長しようとすると、 \( Bl_{\{ 0\} }\mathbf{A}^n \to \mathbf{P}^{n-1}\) となります。この定義を書き下すと

\[ Proj _{ } \left( \bigoplus _{i\ge 0} (x_1,\dots ,x_n)^it^i \cdot k[x_1,\dots ,x_n] \right) \to Proj \left(  k[X_1,\dots ,X_n] \right)  \] です( t は次数をカウントするために導入したダミー変数。右辺の \( X_j \) は左辺の \( x_j t \) に写されます)。左辺のスキームは \( Spec(\mathrm{Sym}_{\mathscr{O}_{\mathbf{P}^{n-1}}}(\mathscr{O}(1)) ) \) と書けます。\( \mathscr{O}(1) \) の双対は \( \mathscr{O}(-1) \) なので、結論を得ます。\( \blacksquare \)

 

さらに、同じ \( \mu _l \) の 1 次元表現 L から \( B\mu _l \) 上の直線束 \( \xi \) が得られますが、これがいま考察した射影 \( (\mathbf{A}^n-\{ 0\} )\to \mathbf{P}^{n-1} \) による \( \mathscr{O}_{\mathbf{P}^{n-1} } (1) \) の引き戻し(の極限 \( n\to \infty \) )になっていることがわかります [Reduced power, Lem.6.4]。

 

これを簡単に見ておきます。まず、次のカルテジアン図式で、左側の縦の射(の極限)はちょうど \( \xi \) です。

\[ \begin{array}{ccc} (L\times (\mathbf{A}^{n}-\{ 0\} ) ) /\mu _l & \to & (L\times (\mathbf{A}^{n}-\{ 0\} ) ) /\mathbf{G}_m \\ \downarrow && \downarrow \\(\mathbf{A}^{n}-\{ 0\}  ) /\mu _l&\to &(\mathbf{A}^{n}-\{ 0\} )  /\mathbf{G}_m=\mathbf{P}^{n-1} \end{array} \] この図式がカルテジアンである理由ですが、一般に空間 X,Y に群 G が自由に作用し、H が G の部分群のとき、同様のカルテジアン図式ができます。

右の縦向きの射は \( \mathscr{O}_{\mathbf{P}^{n-1}}(1) \) の全空間です。 これは簡単なことではありますが、筆者のように頭を抱え込んでしまう人のために、ひとつの納得の仕方を書いておきます。

整数 \( m\ge 1\) に対して、この直線束の m ひねりの大域切断の集合を計算しましょう。これはスキームの写像 \( \mathbf{A}^n-\{ 0 \} \to V^{\otimes m}\) で \( \mathbf{G}_m\) 作用と可換なものを数えるのと同じです。正則関数のなす環のほうで考えると、\( k[t]\to k[x_1,\dots ,x_n] \) で作用と可換なものを考えていることになります。ここで \( u\in k^* \) は \( t\mapsto u^{-m}t\) および \( x_j\mapsto u^{-1}x_j \) で作用しています(逆元をとるのはさほど本質的ではないので、混乱してしまう人は無視してください)。したがって \( t \) は値域の m 次部分に写されることになります。これはまさしく \( \mathscr{O}(m) \) の大域切断の集合です。

 

 Thom同型を適用

等式 \( B\mu _l=\mathscr{O}_{\mathbf{P}^{\infty }}(-l ) - z(\mathbf{P}^\infty ) \) と Thom 空間の定義により、つぎのコファイブレーション列があります。

\[  (B\mu _l)_+ \to (\mathscr{O}_{\mathbf{P}^\infty } (-l) )_+ \to Th_{\mathbf{P}^\infty }(\mathscr{O}(-l)) . \] \( \mathbf{A}^1\) 不変性により、射影と零切断 \( \mathscr{O}_{\mathbf{P}^{\infty }}(-l)\rightleftarrows \mathbf{P}^\infty \) はコホモロジー環の同型を引き起こします。よって中央の項のコホモロジー環は \( \mathbf{P}^{\infty }\) のものに等しく、冪級数

\[ H^{*,*}(\mathscr{O}_{\mathbf{P}^\infty }(-l))\cong H^{*,*}(k)[ [ σ  ] ] \]

です(   \sigma は直線束 \( \mathscr{O}(-1) \) の類 \( \in H^{2,1}(\mathbf{P}^\infty )\) に対応させます)。ここで、冪級数が現れましたが、これは \( \mathbf{P}^\infty \) のコホモロジー環は \( \mathbf{P}^n\) のコホモロジー環の逆極限であると考えた方がスッキリするためで、個々の次数を考える限りは多項式環のように考えても違いはありません。

Thom 空間のコホモロジーについては Thom 同型

\[ \begin{array}{ccc} H^{p,q}(\mathbf{P}^\infty )&\xrightarrow{\cong } &H^{p+2,q+1}(Th_{\mathbf{P}^\infty }\mathscr{O}(-l)) \\ x&\mapsto &p^*(x)\cdot t_{\mathscr{O}(-l)} \end{array}\] があります。(Thom同型はhomotopy purity とも呼ばれますが、この論文では Thom 同型で統一されているようです;[Reduced operator, Prop.4.3].)零切断から誘導される射 \( z\colon \mathbf{P}^\infty \to\mathscr{O}_{\mathbf{P}^\infty }(-l)\to Th(\mathscr{O}(-l)) \) による引き戻しとの合成

\[ H^{p,q}(\mathbf{P}^\infty ) \to H^{p+2,q+1}(\mathbf{P}^\infty )\] は、Euler 類 \( e(\mathscr{O}(-l)):= z^*(t_{\mathscr{O}(-l)})\in H^{2,1}(\mathbf{P}^\infty ) \) を用いると、

\[ x  \mapsto  x\cdot e(\mathscr{O}(-l)) \] と記述されます。 Euler 類は直線束のテンソルに関して加法的なので、\[ e(\mathscr{O}(-l))=l e(\mathscr{O}(-1))= l σ \] です。よって次の長完全列を得ます。 

\[ \begin{array}{l}\dots \to H^{*-2,*-1}(\mathbf{P}^\infty )\xrightarrow{l σ} H^{*,*}(\mathbf{P}^\infty )\to H^{*,*}(B\mu _l) \\ \phantom{\dots }\to H^{*-1,*-1}(\mathbf{P}^\infty )\to \dots \end{array} \tag{Z}  \] \( \mathbf{Z}/l \) 係数の場合は \( l σ=0 \) なので、単完全列

\[ 0\to H^{*,*}(\mathbf{P}^\infty ,\mathbf{Z}/l)\to H^{*,*}(B\mu _l,\mathbf{Z}/l)\to H^{*-1,*-1}(\mathbf{P}^\infty ,\mathbf{Z}/l)\to 0 \tag{Z/l} \] を得ます。これは実は \( H^{*,*}(\mathbf{P}^\infty ,\mathbf{Z}/l) \) すなわち \( H^{*,*}(k,\mathbf{Z}/l )[ [ σ ] ] \) 上の加群の完全列であり、次数を無視すれば左右の項は両方とも階数 1 の自由加群であるため、

\( H^{*,*}(B\mu _l,\mathbf{Z}/l) \) は抽象的な \( H^{*,*}(k,\mathbf{Z}/l) [ [ σ ] ] \) 加群としては階数 2 の自由加群である

ことがわかります。以下ではさらなる議論で利用するために、具体的な基底を明らかにします。

 

基底の記述

2 つの元 \( u,v\in H^{*,*}(B\mu _l,\mathbf{Z}/l)\) を定義します。まず、

\[ v\in H^{2,1}(B\mu _l,\mathbf{Z}) \] を、\( -σ\in H^{2,1}(\mathbf{P}^{\infty },\mathbf{Z})\) の像とします。 上の太字の箇所で確認した事実により、これは \( \mu _l \) の標準的 1 次元表現から定まる直線束 \( \xi \) の類と同じです。符号のチョイスは歴史的なものなので、深い意味はありません。完全列 (Z) により、\( v\) の \( l\) 倍は 0 です。

混乱のおそれがないときは、v の \( H^{2,1}(B\mu _l,\mathbf{Z}/l) \) への像も v で表します。

 

つぎに \( 0\to \mathbf{Z}\to \mathbf{Z}\to \mathbf{Z}/l\to 0 \) から定まる Bockstein 写像(= 境界写像

\[ \tilde{\beta }\colon \quad H^{1,1}(B\mu _l ,\mathbf{Z}/l) \twoheadrightarrow {}_l H^{2,1}(B\mu _l,\mathbf{Z}) \] を考えます。記号 \( {}_l (-) \) で、\( l\) 倍で 0 になる元のなす部分群を表しています。 とくに、先ほどの \( v\) は \( \tilde{\beta} \) の像に入っていますが、さらに次がなりたちます。(1 次元表現 L の基底をとることにより、\( B\mu _l \) に基点を与えておきます。)

 [Reduced power, Lem.6.5]: \( \tilde{\beta }(u)=v \) を満たし、基点への制限が 0 であるような元 \( u\in H^{1,1}(B\mu _l,\mathbf{Z}/l ) \) がひとつだけ存在する:

\[ \begin{array}{cl} \exists ! u\in H^{1,1}(B\mu _l,\mathbf{Z}/l ) & \xrightarrow{\tilde{\beta }} H^{2,1}(B\mu _l)\ni v \\ \downarrow & \\ 0\in H^{1,1}(k,\mathbf{Z}/l)  & \end{array} . \]

 証明. 存在はいま確認した通りです。一意性については、完全列 (Z) の \( H^{1,1}(B\mu _l )\) の周りを書き下すと

\[ \begin{array}{ccccccccc} H^{-1,0}(\mathbf{P}^\infty )&\xrightarrow{~} & H^{1,1}(\mathbf{P}^\infty ) &\to &H^{1,1}(B\mu _l) &\to  & H^{0,0}(\mathbf{P}^\infty ) &\overset{l σ}{\hookrightarrow} &  H^{2,1}(\mathbf{P}^\infty )  \\ ||&&||&&&&||&&|| \\ 0&&H^{1,1}(k)&&&&\mathbf{Z}&&\mathbf{Z}\cdot σ \end{array} \]

であることから \( H^{1,1}(B\mu _l )=H^{1,1}(k )=k^* \) がわかります。これを踏まえて \( 0\to \mathbf{Z}\to \mathbf{Z}\to \mathbf{Z}/l\to 0 \) に関する長完全列の一部を \( B\mu _l \) と \( Spec (k)\) について並べて書くと

\[ \begin{array}{cccccc} \xrightarrow{\times ~l} &k^* &\to &H^{1,1}(B\mu _l ,\mathbf{Z}/l) &\xrightarrow{\tilde{\beta }} & H^{2,1}(B\mu _l,\mathbf{Z}) \\ &||&&\downarrow &&\downarrow  \\ \xrightarrow{\times ~l}&k^* &\to &k^*/(k^*)^l&\to & 0 \end{array} \] となり、diagram chase により一意性が見て取れます。\( \blacksquare \) 

 

[Reduced operator, Prop.6.6]:  \( H^{*,*}(B\mu _l,\mathbf{Z}/l)\) の、環 \( H^{*,*}(k,\mathbf{Z}/l)\) 上の(冪級数としての)基底として、単項式 \( v^i, uv^i \) がとれる。 

完全列 (Z/l) のところで見たように、\( H^{*,*}(B\mu _l,\mathbf{Z}/l  )\) は \( H^{*,*}(k,\mathbf{Z}/l)[ [σ] ] \) 加群として階数 2 の自由加群です。ひとつの直和因子は、引き戻し写像

\[ H^{*,*}(k,\mathbf{Z}/l)[ [σ] ]=H^{*,*}(\mathbf{P}^{\infty } ,\mathbf{Z} /l)\to H^{*,*}(B\mu _l ,\mathbf{Z}/l)  \] から来るので、\( H^{*,*}(k,\mathbf{Z}/l) \) 上の基底としては \( 1,v,v^2,\dots \) が取れます。( \( v \) は \( -σ \) の像として定義されていたことを思い出しましょう。)

 \( H^{*,*}(B\mu _l,\mathbf{Z}/l) \) のもうひとつの直和因子として、

\[ u\in H^{1,1}(B\mu _l,\mathbf{Z}/l) \] で生成される部分加群が取れることを示すには、u が境界写像 \[ \to H^{0,0}(\mathbf{P}^\infty ,\mathbf{Z}/l) =\mathbf{Z}/l \] で 0 以外の元に写ることを示せばよいです。完全列により、これは u が \( H^{1,1}(\mathbf{P}^\infty ,\mathbf{Z}/l )=k^*/(k^*)^l \) から来ないことと同値です。が、u の基点への制限 \( \in H^{1,1}(k,\mathbf{Z}/l)=k^*/(k^*)^l \) は 0 であると定義されていましたから、確認できました。\( \blacksquare \)